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2010年1月19日 (火)

生田伝八郎の墓

Photo

一昨日の日曜日、寒さも和らいだので近所の史跡めぐりとシャレこみました。
大和郡山市に住む事二十数年、その割には郡山の市街地にはあまり足を踏み入れたことが無かったので、反省の意味も込めて散策した次第であります。
まず、最初に向かったのが千日町は常称寺にある「生田伝八郎」のお墓。
つまり、あの仇討崇禅寺馬場事件の敵役のお墓ですな。
崇禅寺馬場の仇討についてはココのサイトに詳しいので読んでもろたらええと思いますが、全く実も蓋も無いというか、救いが無いというか、悲劇的な話ですね。

さてその後、国立奈良高専に展示してある練習機を撮影し、富雄川を渡って郡山城跡へ向かう事といたしました。
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ところで、この練習機ですが正式名は「T6-テキサン」というアメリカ製の飛行機でして、米国の戦争映画で零戦に見たてて、しばしば登場したお馴染みの奴です。
(と、いつも近所のオッチャンに説明するのですが、『いや。あれは絶対零戦や』と聞いてくれません。)

Photo_3

南郡山町の楠の巨木を撮影して「さあ、もうすぐ郡山城跡や。」と思った途端、
無情にも(メモリーカードが一杯になりました)という表示が出て、デジカメ君が
ダウン。涙を飲んで引き返す事といたしました。

しかし、これで引き下がっては男がすたる。昨日、通勤途上ちょっと遠回りをして
小泉町にある「親子塚」を撮影してまいりました。
Photo_4

この塚も仇討にまつわるものでして、「哀れな話やな~。しかし荒木又右衛門の助太刀で有名な鍵屋の辻の決闘といい、この塚といい、郡山には仇討を巡る事件が多かったんやな~。なぜだらう。」との疑問が湧いてまいりました。

親子塚についてはココ読んでください。

ちょっと暗い物語が続いたので、後口直しコレどうぞ。


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生田伝八郎の墓を参照しているブログ:

コメント

ビル・クィン3部作お疲れさまでした
大きな仕事あとのお散歩という爽快感が感じられます fuji
はぁ~ 仇討ちでっか、やっぱ口論したらあきまへんネ
(カタイやたらヤラコイとか言うてる場合ちゃいますな) angry

「親子塚」てこんな偶然があってもよろしねやろか?
因果応報っちゅうかバビロンせんせみたいに
僕もズボンとお口にチャックして長生きしたい思てます。 snail

ドクたさんへ>
遅レス、すんません。
歯の治療、無事終了おめでとう
ございます。
ま、フットワークの軽いドクたさんの事、バッチシ長生きされると思います。心配は無用ですね。penguin

親子塚の話を読んで思ったのですが
ちょと
ギリシャ神話とかに出てくる話と
似てると思いました

えっ?
なんかとカンチガイしてますやろか…coldsweats02

ちっちさんへ>
ひょっとして悲劇「オイディプス王」の事でしょうかね。
知らずに実の父親を殺害してしまうという・・・。
ちごてたらすんません。dog

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