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2009年11月28日 (土)

ユダヤ戦記

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先日のガロート珈琲での「イノウラトモエ」の演奏に感銘を受けた私は、久方ぶりにフラウィウス・ヨセフスのユダヤ戦記を引っぱり出してきて再読いたしました。
ヨセフスについては、ごく簡単にウィキペディアで解説されているのでお読みいただくとして、ヨセフスが語る
2000年前の戦闘の様子は、実に生々しく、その場に居合わせた当事者意外には決して描けないであろう迫力でございます。

実際、ローマ軍の弩砲や投槍機から発射される岩はうなりをたてながら飛んできて狭間胸壁を打ち崩し、塔の角をこなごなに破壊していた。いかに強力な密集部隊でも最後列まで打ち倒されずにはおれないほどに、大きな石が激しい勢いで飛んできた。
当夜の出来事によって、人々は発射装置の威力をまざまざと知り得るであろう。
城壁の上でヨセフスのかたわらに立っていた者たちの中の一人は機械のえじきとなり、岩にあたって頭が引きちぎられ、頭蓋は三スタディオンも吹き飛んだ。
・・・(略)・・・投石機の威力はかくもすさまじいものであった。機械そのものよりも恐ろしいのはヒューヒューとうなりをたてて物の飛んでくる有様であり、飛んでくる物が標的にぶつかってたてる音であった。城壁の上から折り重なるようにして死者たちが落ちてきては、どさりどさりという音をたて、城壁内からは女たちの恐ろしい叫び声がわき上がり、城外では次々と殺される者たちのうめき声がこれに呼応した。
戦場に面した囲壁はどこも血が滴り、屍を上ってゆけば城壁の上に達し得るほどであった。・・・(略)・・・ヨタパタの市民のほとんどが勇敢に戦って倒れ、ほとんどが負傷し、攻城機類に打たれ続けた城壁は、夜明け近くになってようやく攻城機に屈しはじめた。守備の者たちは、ローマ兵が城壁によじのぼるためのはしごを掛ける前に、崩れた部分を自分たちの身体や武器で補強した。

ということで、ユダヤ人の歴史を学ぶ上で必携のこの書物。興味のある方は、急げ書店へ!
といいたい所ですが、専門書ゆえ6300円もいたします。
近所の図書館で貸し出してもらいましょうね。

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コメント

先日はありがとうございました!
しかし強烈な本をお読みですね、2000年前ですか。100年程前のユダヤ事情に理解出来ない時は、ヨセフスにまでさかのぼる必要ありですね。勉強になります!! が、6300円はボディブローですわ。

えッ ほんでせんせその本を今度僕に
プレゼントしてくれはるって?
(遠慮しときますワ)

それにしても凄まじい戦況の文章
(お腹いっぱいになりました)。 full

peiさんへ>
まぁ、ユダヤ人も実に古い歴史を持つ民族ですから。このあたりのことを調べるのは面白いでしょうが、本格的にやるとなると一生モノになると思います。それにしても専門書は高いです・・・・。dollar

ドクたはんへ>
カエサルの「ガリア戦記」なんかもけっこうお腹ふくれまっせ。
読まはったかもしれませんけど。
年末お仕事大変でしょうが、寒さに負けず頑張っとくなはれ。yen

マサダ砦の話が最後に出て来ますよね。
ちょうど、日本の会津の白虎隊みたいな話だと思いますが、この集団自決の精神が、今のイスラエルの自衛と国防の精神として活きているのだとか。

そう考えると、今の米国とアラブの確執も、これから長く続いて行くのでしょうね。
アラブ側も「ブッシュは十字軍」という言い方をしておりましたが、その様に百年、千年のスパンで見え隠れしてくる根深い歴史の流れが有るのでしょうか。

オギテツ

シオニズムが盛んになる前の中東では、キリスト教徒・イスラム教徒・ユダヤ教徒が平和裏に共存してたと言う話ですし、イスラエル占領地のキリスト教徒弾圧をアメリカの原理主義キリスト教団体が積極的に支持するという訳のわからない現象も見られるようです。
ヨセフスの時代ですら同じユダヤ人同士でも階級や政治的立場の違いから反目・抗争があったみたいやし・・・。
歴史は実に複雑怪奇ですねtyphoon

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