フォトアルバム
Powered by Six Apart

« 2008年1月 | メイン | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月27日 (水)

リル・ジョンソン

5jwjnexm
あ〜〜鬱陶し。面白くないぞ。
とうとう、今年も異動予定対象者(業界用語で『滲み出し』)にノミネートされてしまいましたがな。
現任校7年以上勤務という条件に該当するのは私しかいないので、覚悟は決めていたものの合点がいきません。
「6名も退職者が出るという非常事態。おまけにバビさんに
異動されると、新3年の担任がおらんようになってしまいますので、鋭意、教育委員会に具申します。」
と管理職は言ってたのですが・・・。
(日頃、職員会議等で言いたい放題やから、実は煙たがられているのかいな?)
また、3月の半ばまで悶々とした日々を過ごさなければならんとは、どういうこっちゃ。
校長の人事権が召し上げられ、教育委員会直轄人事となってから十数年。非常に問題があるシステムと思います。
と、個人的な問題をぼやいてもしかたがないので、本日は
リル・ジョンソン嬢のGet 'Em From The Peanut Man でもお聴きくだされ。
リル・ジョンソンといえば昔に日本盤でも発売されていた「レコーディング・ザ・ブルース」に「PRESS MY BUTTON」
という<18禁>作品が収められておりましたが、この曲も同様ダブル・ミーニングの<18禁>でごじゃります。
特段、歌に深みがあるとかテクニックに秀でているとかいう人ではありませんが、独特の味を持ってはります。
バックのブラック・ボブのピアノが又素晴らしいですね。

ぼやき と言えば、この方ですね。

2008年2月21日 (木)

メイヨー・ウイリアムズ大いに語る�

Arfjia7j
「どうもお待たせいたしました。あ!やっぱりお怒りのようですね。度々の遅参、まことに申し訳ござんせん。ここは一つ、タイニー・グライムズでもご覧になって、ご機嫌を直してくらさい。せくしーな女の人も登場しまっさかい。」
「あの4弦ギターのタイニー・グライムズかね?どれどれ。」            「お気に召しましたでしょうか?メイヨーさん。」    「まーな。個人的には、こういう一寸小粋で洒落た音楽の方が好きなものでな。そしたら話の続きに移ろうかな。」  「はい、そうさせてもらいましょ。ブラック・パティー・レーベルの話からでしたね。1927年にブラック・スワン・レコードのハーバート・ペイスさんに次ぐ、黒人レーベルオーナーとして活動を開始される所からお願いします。」
「ブラック・パティー。正式名称は『シカゴ・レコードカンパニー』と言ったんじゃが。ブラック・パティーちゅうのは、当時有名だった黒人ソプラノ歌手のシシエレッタ・ジョーンズにちなんだ愛称というわけじゃ。ただ、レコード会社といっても実際の録音作業はジェネット・レコードに委託してたんじゃがの。」
「そうでしたか。しかし、カウカウ・ダベンポートやハーフ・パイント・ジャクソン、ゴスペルのJ・M・ゲイツ師といった錚々たる面々の録音に成功されたわけで、今でもブラック・パティーの78prmちゅうたらコレクターの垂涎の的になってますがな。」
「当然君も持っとるんじゃろな?」
「んなわけおまっかいな。ダウンホーム・ボーイズなんかは20000ドルは下らんという話でっせ。貧乏人には手が出せませんわ。けどね、木下さんて方、ブラック・パティーの一枚持ってはりまんにゃわ
これがまた。もんだどんだい!わははは。」
「君が喜んでどないすんねん。」
「ところで、そのブラック・パティー・レーベルも55枚のレコードを発売した後、僅か7ヶ月程で活動を停止してしもたんですが、その原因は?」
「ま、期待した程にレコードの売り上げが伸びなかったという点につきるな。なんせ当時は1週間に10枚は新しいレコードが発売されるという状況でね、厳しい競争がレコード会社間で繰りひろげられておったんじゃ。それに加えて、パラマウント以外のオーケー、ビクター、コロンビア、ヴォカリオンといった各社は、録音班を編成して直接南部各地で現地録音を試みるという新戦術を採用しだしてな。その結果、不利な戦いを余儀なくされたというわけじゃ。それにパラマウントみたいに強固な通信販売網を組織できなかった事も考えられるな。」
「なるほど。しかし、さすがメイヨーさん。その後に移籍したヴォカリオン社でリロイ・カー、パイントップ・スミス等に吹き込ませておられますね。」
「そうじゃ。ところがその直後にあの世界恐慌じゃ。レコード業界全体が壊滅的な打撃を被ってしまっての。仕事の方も全然上手く行かん。そこで、ヴォカリオンも退社してな。」
「それは大変でしたね。生活の方も厳しくなったのでは?」
「それは大丈夫じゃったな。ワシの場合。アトランタのモアハウス・カレッジのフットボールコーチに就任して安泰な生活が送れたからな。」
「・・・。よろしーなー才能に恵まれた人は。私なんか、定年後の生活を心配してますんにゃわ。年金もあてになりそうにないし・・・。どないしたらよろしいんやろ?」
「知らんがな。融 紅鸞にでも相談したらええがな。」
「と、とおる こおらん!『あんさん別れはれ』のオバチャンですか?ふ、古〜〜〜う。せめて田中佐和ぐらい言うてもらわんと、このblog見てもろてる人はわかりませんがな。」
「そんな話はどうでも良い事じゃ。その後の1934年に、デッカ社に再就職してな。レコード業界に復帰することになったんじゃが、ここでもブラインド・フラーやマヘリア・ジャクソンなんかを録音したんじゃ。ハーレム・ハムファッツ結成に尽力したのもワシ・・・あれ?君!聞いておるのかね?人の話。あらら。鼻提灯出して眠ってしまっておるぞ。
まだまだ、話したい事があったんじゃが、しかたがない。それでは皆様ごきげんよう。」

おしまい。

2008年2月15日 (金)

メイヨー・ウイリアムズ大いに語る�

Gmq8a5g1
「どもどもお待たせいたしました。メイヨーさん。」
「どもども、やないじゃろが。いつまでマ・レイニーを
聴かせるつもりじゃ!」
「すみませんshock。ちょっと仕事が忙しかったもんで・・・。ところで、メイヨーさんから見たマ・レイニーさんの印象はどんな感じだったのでしょうか?」
「印象か・・・・。あの人ね、金貨をつなぎ合わせたネックレスと金のイヤリング身につけててね。笑ったら金歯がびっしり。おまけに厚化粧しておったな。器量の方も言っては悪いが、なにやし・・・。ま、見てくれはそんな所やったね。
ただ、アーシーでタフな歌の方は流石でな。南部一帯で絶大な人気を誇ってるという話も十分肯ける所じゃった。
たまたまマ姐さんの一座がシカゴの『モニュメントクラブ』で演ってるのを見て、録音の契約にこぎつけたわけじゃよ。」
「ほほー。その後、マー・レイニーさんはパラマウントのドル箱になるわけですが初録音はたしか1923年でしたね?」
「ワシがプロフットボールの世界から引退する3年前やったから、それで間違いない。」
「へ?引退する前って?ひょっとしてフットボールやりもって同時にレコード会社の仕事もされてたんですか?」
「左様。もちろんパラマウント社には内緒にしとったがの。昔はそれ、今ほどの情報化社会ではなかったので、ワシがプロ・フットボール選手という事もバレなかったんじゃ。はははは。」
「パラマウント時代は二足の草鞋を履いて活躍されてたわけですね。」
「そんなもの履いてフットボールは出来んぞ、君。」
「・・・sad。話をマ・レイニーさんに戻しましょ。」
「そうじゃの。姐さんの歌は申し分なかったんじゃが、問題に感じたのは、歌詞が文法的にムチャクチャやった事じゃった。高等教育を受けてきたワシには我慢ならんかったな。大衆が望んでいるものは何も正確な文法では無い、という事を悟るまでちょっと時間がかかったな。」
「その後、メイヨーさんはパパ・チャーリー・ジャクソンを皮切りにブラインド・レモンやブラインド・ブレイクさんら錚々たるメンバーを録音されたわけですが、そういったミュージシャンに関する情報はどのようにして手に入れられたんでしょうか?」
「なかなか良い質問じゃ。ワシはタレントを発掘するためにシカゴのサウス・サイドにあった黒人街に事務所を設けて、毎日のようにクラブやキャバレー、売春宿なんかに出向いてスカウトするに相応しい人間を捜し回ったんじゃ。南部で人気のあった黒人新聞「シカゴ・ディフェンダー」にも広告を出したりもしたぞ。『レコード化して欲しいミュージシャンがあれば、連絡してください。どうぞよろしく。』とね。」
「なるほど。そういう努力の甲斐あって、次々に素晴らしい録音をされていったわけですね。」
「そうそう。その頃からメイヨー・インク・ウィリアムズという渾名がつけられたな。これと狙った人間には必ず契約書にサインさせる辣腕家というわけじゃ。
ただ、リトルブラザー・モンゴメリーの時は失敗に終わったのが残念じゃが・・。」
「と言いますと?」
「あいつは最後まで『黒人のプロデューサー?冗談も休み休みにしてくれ』と言って、信用してくれなかったんじゃ。」
「ほほー。そういう事もあったんですね。ところで、錚々たるメンバー達の人となりなんぞを詳しくお話願いたいのですが、どんなもんでしょう?」                   「さ、それじゃがな。残念ながらそういう情報はほとんど持ち合わせておらんのじゃ。というのもワシは契約した人間とは極力、距離を置いてつき合わないように努めておったもんでな。なまじ、交際すると私情が入ってしまうのでな。ブラインド・ブレイクがトランプ賭博のいざこざで喧嘩した事ぐらいかな。知ってる事といえば。」                         「トランプ賭博って、あーた。ブラインド・ブレイクさんは目ぇが見えまへんがな。ムチャしはったんですね。」
「どんな風にプレイしてたのかは定かではないが、ま、そういう事になるな。」
「さて、1927年にパラマウントを退社され、自己のレーベル『ブラック・パティー』を立ち上げられる所に話を移したいと思うのですが、残念ながらこれからテスト問題をこさえなあきまへんよって。続きは次回という事で・・。」
「またか!今度はあまり待たせ無いようにしてくれよ。」
「はいはい。鋭意努力させてもらいます。ブラック・パティーに吹き込んだサム・コリンズを聴いてまっててね。heart。」

2008年2月11日 (月)

メイヨー・ウィリアムズ大いに語る

U1k5fzqn
本日は、ブラインド・ブレイクのレコード発見という大ニュースにちなんで、彼のパラマウント初録音を手がけられたメイヨー・ウィリアムズさんにお越しいただく事になっております。メイヨーさんといえば大物黒人プロデューサー、タレントスカウトとして、あるいはレーベルオーナーとして活躍し、録音したミュージシャンもマ・レイニーからマディーまでと、まさにブルースの歴史と共に歩まれて来られた大物中の大物でございます。
そういうわけで、私も心してお話をお伺いいたす所存でごじゃります。
あ、ただいま天国よりご到着されたもようです。

「あ、本日は遠路はるばるご苦労様です。早速ですが、今回のビックリする様な大ニュースについてのご感想をお願いします。」
「ま、素人の君がビックリするのも無理はないが、ワシは今回の結果は十分予想しておったな。」
「え?予想されてましたか?」
「左様。要は両チームのディフェンスの踏ん張りが勝敗の鍵を握る一番大きいファクターと分析しておったわけじゃ。」
「両チーム?ディフェンス?ど言うこと?」
「つまり、スクリメージラインからQBをサックする為に・。」
「ちょっと、待って下さい。メイヨーさん。」
「なんじゃいな。」
「さっきから何のお話をされてるのでしょうか?」
「何の話って、先日のスーパーボウルの総括やがな。
今日は、そのために元NFLプレーヤーのワシを呼んだんじゃろが。」
「ちがいますがな。ブラインド・ブレイクですがな。マ・レイニーの話ですがな。」
「あ、そっちの方じゃったか。ワシゃ又、フットボールの話かいなと思い込んでおったわい。」
「ときに、元NFLプレーヤーって。メイヨーさんプロのフットボール選手やってはったんですか?」
「あれ?知らなかったのかね君。NFLの黎明期に活躍した
数少ない黒人プレーヤーの1人がこのワシじゃ。
友人のフリッツ・ポラードとポール・ロブソンも同じや。」
「え!あのポール・ロブソンとお友達でしたか。」
「左様。あいつも音楽好きでね。話がよく合ったもんじゃて。」
「へー。でんでん知りませんでした。」
「この写真を見てみなさい。ワシが写っておるぞ。」
Cy3x_ijl_s

「ほ〜。前列の左端がメイヨーさんですね?」
「お!よくわかったのー。」
「わからいでかい。ところでこの写真はいつ頃の?・・」
「ブラウン大学在学中の写真やな。『ニューイングランドの40ヤードダッシュ王』と言われていた頃のものじゃ。」
「えーー!!。ブラウン大学ってあの名門ブラウン大学ですか?
プリンストンとかハーバードと並ぶIVYリーグの。うーむ。しかし、1920年頃に黒人の入学が許可されたんですか」
「数はごく少数じゃったが、黒人学生もワシの他に何名か在籍してたのぅ。ブラウンは他の大学とちがって、リベラルやったから、能力のあるものは皮膚の色に関係なく受け入れてくれたんじゃ。」
「1962年のジェイムズ・メレディス事件なんかを考え合わせると、ちょっと信じがたい事ですな。」
「もっと驚く話をしてあげよう。ワシの名前Mayoやけどね。実は日本語の『名誉』から取っておるのじゃよ。」
「え〜!本当ですか?」
「嘘やがな。」
「・・・・・・・・shock
「と言うことで、ぼちぼち時間もあれやし、失礼させてもらうとするか。来シーズンのNFLの展望を語らせてもらおうと思ってたんじゃが、興味も無さそうやしね。」
「あ、そういう話はJabooさんとこでお願いします。
こない早くに帰られたらどんなりまへんがな。
肝心の音楽の話、いっこもしてもろてまへんさかい。」
「そう?」
「マ・レイニーを聴きながらお話を続けてくらはい。
お願いします。」
「よっしゃよっしゃ。」     続く

2008年2月10日 (日)

世紀の大発見!

Doqjids7
本邦屈指の78rpmレコードコレクターの木下氏からの
情報によると、な、な、なんとあのブラインド・ブレイク
さんが1932年に吹き込んだパラマウント13123が遂に発見されたらしい。試聴はココでしてね。
(ちなみにアカデミックな木下さんのブログは非常に有益
で、わたしもこんな風なブログをめざしております。
え?あんたには無理? あっそ。)
それにしても興奮するニュースですね。
「ノースカロナイナのローリーってどこや?」
「そんな貴重なものを入れたスティーマートランクがなぜ
トレーラーパークに残されてたんやろ?」
と好奇心がかき立てられます。
1932年と言えばパラマウントも倒産目前、このレコードも
500枚程度しかプレスされなかったであろう事を考えると
奇跡に近い発見といえましょう。
また、今回発見されたトランクの中には、スキップ・ジェームスの盤もあったとの事。
ひょっとしてもっと凄いニュースが飛び込んでくるのでは
と大いに期待しております。
こないなったら、天国からメイヨー・ウィリアムズさんに
お越しいただくしかなさそうです。
「お〜い。寒いけど降りて来とくなはれ。」
                    続く
Dgvnqmq4

2008年2月 9日 (土)

えらい雪やがな。

Dsyj6vka
さてさて、十数年ぶりにここ大和郡山でも大雪となりました。
午前中は「いやー、珍しい。どれくらい積もるかな?」
と脳天気に喜んでおったのですが、午後に入ってもぜんぜん
降り止む気配もなくどんどんと積もるわ積もる・・・。
そのうちカーポートの屋根もグラグラと動き出してくるわ
屋根からドサリと音を立てて雪の塊が落ちてくるわと
洒落ではすまない状況になってきました。
幸い午後6時頃になってようやく雪もおさまりましたが
「屋根に乗っけてる太陽電池は大丈夫かいな?」
「庭の犬、ひょっとして凍死してるのでは・・・。」
と何度も家から出たり入ったりのさんざんな一日でございました。
雪国で生活されている方々のご苦労がわかりました。

というわけで、本日は雪も溶けるドクター・ロスの熱い演奏をお聴きください。
ジュークボックス・ブギ。1954年吹き込みでごじゃります。

2008年2月 7日 (木)

釣りも危険?

釣りに関する「ユーチューブ」を見てたら
ちょっと恐い?のを見つけました。
このカワカマスという魚ですが、かなり獰猛
な奴みたいですね?
釣りといえば、ノンビリと釣り糸を垂らして瞑想に
ふける、という風なイメージしかなかったのですが
時にはこんな事もあるんですな。
いやー勉強になりました。

日本にも生息してるんでしょうか?

危ない映像の後は、ちっちさんのご期待に答えて
え?期待なんかしてない?
そうですか。
ゾウさんの素晴らしいハーモニカ演奏をご覧あそばせ。

2008年2月 2日 (土)

校内全面禁煙

この4月から大阪府立高校の校内での喫煙が全面的に
禁止となるらしい。既に実施されている和歌山県などに
習う形で決定となったらしいのですが・・・。
「それはええ話や。そもそも健康に害を及ぼす喫煙行為が
学校現場で許されて来たのが間違いで、遅すぎたぐらいや。」と思われる嫌煙家の方々が大多数とは思いますが、
「何もそこまでせんでも、モゴモゴ・・」と何か割り切れない感情を持たれる方も若干おられるのではないでしょうか?
だんだん世の中が息苦しくなって来たように感じるのは私だけでしょうかね。
会議といえば常に灰皿が用意されていた昔が懐かしい・・。

というわけで憂歌団のSmokin`・Boogieでもどうぞ