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2007年5月 4日 (金)

世紀の対決

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時は1910年7月4日の独立記念日。アリゾナ州リノの町では、ボクシングのヘビー級タイトルマッチ、ジャック・ジョンソン対ジム・ジェフリーズの一戦が開かれようとしておりました。
チャンピオンのジャック・ジョンソン。テキサスはガルベストン生まれの黒人。波止場人夫として働きながら頭角を現し、対戦を避け続けていたトミー・バーンズを14ラウンドにしとめ、遂に黒人初の王者となる。さらに翌年には、挑戦者スタンリー・ケッチェルを上下の歯を根こそぎ叩き折りKOに屠る。
白人を打ち負かす強力な黒人の登場は、当時のアメリカ白人社会に深刻な波紋と不安を投げかけましたな。おまけにこのジョンソン、白人の妻さえ娶るという大胆さ。「是が非でもこの生意気で不敵な黒人を倒し、白人の人種的優越を証明せねばならぬ。誰か相応しい人間はいないのか?」と世間ではヒーローの出現を待ち望みます。そこで期待を一身に集め担ぎ出されたのがGREAT WHITE HOPE(偉大なる白人の希望)ジム・ジェフリーズ。「俺が黒人野郎を殺す!」と自信満々挑戦状を叩きつけました。 こういう経緯もあって、この一戦、ただのボクシングのタイトルマッチでおさまるはずもありません。今や白人黒人両社会の不安と期待を集める全米が、否、全世界が注目を集める事件にまで発展してきました。  
日頃は平和で辺鄙なリノの町にはこの試合を取材すべく記者団や撮影班がつぎつぎと到着。全米のみならず世界各国からも観客が集まり、アイスクリームや甲子園名物「かちわり」を売る屋台もぞくぞくと集結してきた。(これは嘘ですが)。町の人口を遙かに上回る3万人以上の人間でリノの町は大騒ぎ。さらに全国の劇場やホール、競馬場などの主な施設にも時々刻々、試合の経過が電報によって伝達されることになりニューヨークと首都ワシントンだけでも各3万人が掲示板の前に押し寄せる騒ぎ。                 いかにこの一戦が大きな意味を持つと考えられたかが想像できますな。当時のシカゴ・トリビューン紙の社説も「もしジョンソンが勝利するなら、黒人は彼ら自身に対する自信を増長させるだろう。そして一部の人々は、彼らが白人の力を一層軽視するようになることを恐れている。この恐怖は南部において特に明らかだ。黒人達は、もしジョンソンが勝利するなら、それは、条件が等しい闘いでは、彼らが白人男性を打ち負かす能力がある証拠だと考えるだろう。そして、これまで成し遂げられなかった行動が実は可能ではないかと思い始めるかもしれない。」ってな事を書いております。     黒人達もジャック・ジョンソン勝利を願う祈祷会を各地で開くという力の入れよう。
不測の事態に備え、観客はすべて身体検査を受けさせられるわ、ジョンソンにいたっては勝っても負けても危険が危ないちゅうて、リボルバーを枕元に置いて寝たという始末。さて、いよいよ試合が始まる直前。ジャック・ジョンソンは、こう思ったそうです。
「白い顔の海を見渡したとき、(黒人は一人もいなかった。)この試合で私が勝利することは、以前のどんな勝利より意味あるものとなるだろうと気づいていた。ただチャンピオンの座がかっているだけではなく私自身の名誉、私自身の人種の名誉がかかっているのだ。」

そして遂に、運命のゴングが鳴った!
試合の模様は例によってユーチューブでお楽しみください。

あ!こっちの方がバーンズ戦やケッチェル戦もあって面白い
            続く

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コメント

うむむ....JJ対JJですねこれ百年前ですか.....見ごたえはないけど感動しましたです

ま、百年前の闘いでっさかい。しかし、よくもまー、こんなフィルムが残ってるもんですね?まだ第一次世界大戦前でっせ。ロバートジョンソンもまだ生まれてまへんがな。

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