フォトアルバム
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2006年1月

2006年1月31日 (火)

Red Hot Jazz

「うーーむ。楽しいなー。和むなー。やはり古い音楽は独特の味があるなー。え?何を一人で感心してるんやって?」実は、レッド・ホットジャズというサイトから色々な方々の録音をダウンロードして聴いてるのですけどね、これが又よく出来たサイトでして、ジャズマンだけに止まらず、マ・レイニーやチッピー・ヒル、ルシール・ボーガン等の女性クラシックブルースシンガーはもとよりテキサス・アレクサンダーやパパ・チャーリー・ジャクソンまでリスト・アップされておるんですわ。ブログでこのサイトを紹介してくださったペンシルバニア在住の荻哲さんには感謝感謝でございます。しかし、クリック一つで聴き放題とは、まいったまいった。
ま、この辺りの音楽に造詣の深い山崎さんやドクターさんには「何をいまさら」てなもんでしょうが、ジャズの方はさっぱりなワタシには、とても為になるサイトでございます。「しかし、エディー・ラングさんの斬新な事。おもろいなー。」あかん!仕事が溜まってるんやった。たまらんなー。
辛い浮き世ですな。sad

2006年1月29日 (日)

ロバート・ピート・ウィリアムスその3

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「1964年に仮出獄が明けて、完全に自由になったんやが、もうその時は50歳になってしもてたな。それから、フレッド・マクダウェルと意気投合して、一緒に活動するようになったわけや。なかなかエエ奴やったよ。スライドのやり方も教えてくれたしね。あ、ボニー・レイットちゅう白人のネーチャン知ってるやろ?あの娘にスライド教えたったんもフレッドや。」「それからですね?本格的に音楽活動をされる様になったのは?」「たしかに、あっちゃこっちゃコンサートに引っ張り出されたり、アルバムを吹き込んだりもしたけど、生活はぜんぜん好転せなんだな・・・。金さえあればもっと練習したり、色んな事を学べたりしたんやろけどね。なんせ、ワシは全然読み書きできんよって、正業に就くのも難しくてな。死ぬ直前まで、トラックで屑鉄拾って食いつないでましたんや。『ロバート・ピート・ウィリアムス、がたろ業を営む』ってなもんですわ。」「?あ、落語の『代書屋』で来ますか?」「ま、冗談は兎も角、ワシもついてない人生を送ったもんや。所で、最後に是非言っておきたいことがあるんやが」「何でしょうか?」「酒は絶対家で飲むことにしーや。外で飲んだらあかんよ。ワシみたいにエライ目にあうよってに。」
「寒い中、長時間ありがとうございました。これにて終了いたします。」

2006年1月26日 (木)

ロバート・ピート・ウィリアムスその2

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「あの事件があった日は、金曜日やった。ちょうど給料が入って嫁と子供を映画館に連れて行った時のことや。ワシは映画に興味が無いので、時間つぶしに一人でバーへ飲みに行ったんやけど、その時に見知らぬ男にいきなり喧嘩を吹っかけられてね、『お前どこの出身や?何?ザハリ?嘘つくな!お前みたいなボケはおとなしく畑で綿花でも摘んどかんかい、よ、わ〜れ〜!』ちゅうてね。」「室谷信夫みたいな男ですね?」「その時はムカっとしたけど、トラブルになるのも面倒なので無視して相手にならんかったわけや。そしたら、そいつが仲間に『あのボケ今からいてこましたるから見とけや』てなことを言うもんやから、こらあかんと思って引き上げようとしたんや。ところが戸口付近まで行った時にその男がナイフを持って迫って来よった。さー、こうなったらワシも自分の身を守らなあかん。そこで45口径のピストルを抜いてそいつの胃袋あたりに一発、さらに攻撃してきたので心臓に一発撃ち込んだんや。それで裁判になって殺人罪でアンゴラ刑務所に送られる羽目になってもてね。弁護士もやる気が無くて「正当防衛ですがな」ちゅうて訴えても全然埒があかなんだなー。」 「刑務所の暮らしはどうでした?」「どないもこないもあるかいな。辛い生活やがな勿論。けど、刑務所のキャプテンがワシに興味を示してね、ギターを貸してくれたりもしたな。そういえば、彼の家族のために受話器ごしに演奏を聴かせてやった事もあったわ。そうしたある日、ハリー・オスターちゅう民族音楽研究家がアンゴラ刑務所にやって来てね。たしか1958年やったなあれは。ワシに『家族のために歌を作って演奏してくれまへんか?』と12弦ギター渡して頼みよったんや。そこでワシは12弦ギターなんか使ったことがなかったけど、アンゴラ・プリズン・ブルースちゅうのを即興で演奏してね、それ聴いて、囚人仲間は皆、涙、涙やったな。その時に録音された作品がルイジアナ・フォークロア・ソサエティーから発表された結果、結構評判になってな、所長の所に『もう堪忍したりーな。ロバートさんの仮釈放を認めたったらどないや』という手紙がジャンジャン来たらしい。ありがたい話やね?その結果、白人の地主のもとで小作人として働く事を条件に刑務所から出られたわけや。」  更に続く

2006年1月21日 (土)

ロバート・ピート・ウィリアムス

Lutjfrmg えー、本日は久方ぶりに天国から素敵なゲストをお迎えしております。その独特なギター奏法と歌詞で一部の熱狂的なファンを魅了した戦後カントリーブルースの雄、ロバート・ピート・ウィリアムスさんでございます。ウィリアムさんどうぞ!
「あー、どもども、ワテがウィリアムスでおます。しかし日本はほんま寒いですな?」
「さっそくですがウィリアムスさん、経歴をかんたんに紹介してもらえますでしょうか。」
「ワシは1914年にルイジアナ州の片田舎ザハリーという所で生まれてな。小さい頃からそれはそれは働き者じゃった。綿花を摘んだり、ジャガイモを取ったり苔や牛の骨を拾ったりなんかして生計を立てておった。毎日が辛い労働の日々やったな。あ、いそがし、あ、いそがしちゅうてね。あ、ここはミスター・シゲル・タニ風でお願いね。」
「・・・・いつ頃からギターを弾かれるように?」
「あ、それは18の時やったな。ギターちゅうても金がないもんで、砂糖缶で自家製のギターを作って壊れるまでそれを使ってたんや。そのうち本物のギターがほしくなってね、
1ドル50セントの大枚をはたいて中古のギターを手に入れたわけや。けど、やっぱり安物はあかんね?ネックが反ってしもてて、弾くのが大変やった。そんな折り、たまたま友達が働きに出てた白人の家のアホ、いやボンボンが弾かなくなった65ドルのギター持ってると聞いてね、それを4ドル50セントで譲り受けたんや。それからは、白人のパーティーなんかで演奏するようになってね。」「その頃はどんな曲を演奏されてたのですか?」
「ピーティー・ウィートストローの曲なんかを演ってたね。みんなはワシの事を『近所のウィートストローさん』とか呼んだりしてね。結構評判になったな。」「自分ではどんなブルースマンに影響を受けたと思いますか?」「なんちゅーても、ブラインド・レモンやね!実際には会ったことはなかったけれど、蓄音機であの人のレコードを聴き狂ったもんやった。その他にもウォルカー・グリーンちゅうのやらウィリー・ハドソンとかいう連中もおったけど、ダン・ジャクソンという男は大したもんやったで。ある時に駅で演奏しはったんやけど、駅員が感激してね『ええもん聴かせてもらいました。運賃はお返ししますよって、タダで列車に乗って行きなはれ』ちゅうてね。凄いもんや。ま、今言った連中はレコード一枚残してる訳や無し、おそらくアンタも知らんやろけどね。」
「プロとしてやって行こうとは、思わなかったのですか?」 「あたりまえでんがな。今とちごて、そんなことで生活できまっかいな。ギターも農閑期の時に練習できたぐらいでほとんどが、あ、いそがし、あ、いそがしの日々や。」
「そうした生活を送られてたにもかかわらず、1954年に殺人罪で投獄されてしまわれたんですね?よろしければ、その事件についてお話いただければと。」
「よっしゃ、よっしゃ」   ・・・次回に続く

2006年1月16日 (月)

ネットの世界も辛いものがおます

Dgbnulkm 探していたアンテナカードがやっとこさ見つかって(なんと食器棚に入ってましたがな。完全な呆け症状か?)インターネットに接続できました。
私はケイオプティコムのeo64エアを利用しているのですが、最初は「便利やなー。アンテナをカードスロットに突っ込むだけでインターネットができるとは楽勝楽勝。」と喜んでおったものの、このブロードバンドの時代に64kbpsという通信速度はやはり辛い。先日も135メガの「せっけい倶楽部」というフリーソフトをダウンロードしたのですが、5時間近くかかってしもうた。(光だと所要時間は2分弱らしい)64kbpsといえば「ISDNはじめちゃん」ちゅうてNTTなんかが十年程前に盛んに宣伝してましたが、今となっては嘘のような話ですな?ほとんどの方々は既に光とかADSLとかの高速のを使っておられると思いますが、やはり私も乗り遅れないように導入しようかなと思う今日この頃でございます。しかし、手続きやら何やら面倒くさそうやなーー。じゃんくさいなー。

2006年1月11日 (水)

ブルースマンは個性的

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リビング・ブルース誌などを見ていると、時々ギャハハと笑ってしまったり、首を傾げたくなるような写真に出会ったりします。上の写真はハリウッド・ブルース・スターズというバンド(聴いたこともない)のギタリスト、ベン・ウィルソンというオッチャンの演奏場面ですが「なんちゅう窮屈な弾き方してまんねん!」とつっこみたくなりますね?
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お次は高名なギタリストのジョニー・ハーツマンの背面弾き!しかし、よく見ると右肩にもう一本ギターをさげておられます。「抱え上げたギターを降ろしたらジャマになりまんがな。そもそも、なんで二本も使いまんねん?」と質問したくなりますね?しかし、足でもオルガンを演奏できるというジョニーさんのこと、凡人には想像もつかない技を持っておられるのでしょうかね?
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足による演奏と言えばこの写真。演奏者は昨年亡くなったゲイトマウス・ブラウンの甥のカーリー・メイズさん。昔ブラック・ミュージック・リヴュー誌で吾妻氏も紹介されておりましたが、これを見て大笑いしない方がおられるでしょうか?「なんで、わざわざ靴下の先を切り取る必要があるねん。脱いだらしまいちゃうんけ。おたくは、冷え症でっか。」と思うのは私だけでしょうか?しかし考えてみれば、足でギターを弾くという発想自体、恐ろしい事ですね?
皆様も一度挑戦されてはいかがでしょうか?「え?そんなアホなことできんて?失礼しました。」

2006年1月 8日 (日)

蝉丸法師

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皆様今年のお正月は、どのように過ごされたでしょうか?正月といえば凧揚げや独楽回しとならんで「ぼうずめくり」が定番ですね?(ほんまか)「やった!姫が出た」「うわー、坊主が出よった」とか言ってワイワイと一家団欒の時を持たれた事と思います。
そんな中、百人一首の札の中でも一際異彩を放っているのが、蝉丸さんではないでしょうか?坊主でもないのに坊主グループに入れられたり、トランプのジョーカー的役割を担わされたり・・・。風采の上がらない肖像画といい気の毒な人でもありますね?
しかし、この人、実は生年や実際の姿は謎につつまれているらしく、高貴な生まれの人物だったとか盲目の琵琶の名人やったとか言う話や、はたまた本邦における鬘の発明者やったとか、ただの乞食やったとかいう話など諸説紛々あると言うことですな。
ま、私としては盲目の琵琶法師説に強く惹かれるわけでして、平安時代に我が国にもブラインド・レモンの先達が存在したと一人喜んだりしとります。

2006年1月 4日 (水)

エディ・テイラー

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あけましておめでとうございます。新春第一弾は、エディ・テーラーの日本でのライブ盤のご紹介。私も実際に見たのですが、実は、フェントン・ロビンソンのピンチヒッターとして急遽来日が決定したという経緯もあって最初は落胆半分・期待半分でございましたな。
しかし、さすが小さい頃にジュークジョイントの床下にもぐりこんでチャーリーパットンの演奏を耳にしていたという逸話を持つエディーさん、鉄壁のルイス&デイブ・マイヤーズ兄弟をバックに素晴らしい演奏をくりひろげてくれました。決して華やかというわけではないけれど、堅実で重厚なプレイぶり。さすがでした。(がちゃこさんはこの来日の際、字の書けないエディさんからサイン?を貰ったそうです。実にうらやましい。)
アルバム中に得意のカウ・ベルを駆使するオディー・ペインのとぼけた味のある「I DON`T KNOW」とルイス・マイヤーズの2曲も入れるという変化を持たせた構成も成功しているようでございます。

しかし、これが発売されたのは1978年、今から28年も前の事ですがな。
それを思うとゾッとします。私も歳食ってしもうた・・・・
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2006年1月 1日 (日)

謹賀新年

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2006年もよろしくお願いいたします。