フォトアルバム
Powered by Six Apart

« 2005年11月 | メイン | 2006年1月 »

2005年12月

2005年12月25日 (日)

ゾウとゾウ物の会

A8meygov
いやいや昨日はおもろかたなー。ささきさん、がちゃこさん、青島さんと青島さんのお子お二人と行って来ました天王寺動物園!「この寒い中、何が悲しくてロマンティックなクリスマス・イブの日にそんな所へ?」という声はさておき、新世界でのスマート・ボール→「平和」の焼き肉→「桃蔭」でハイボールというコテコテのコースもバッチリでございました。
下手な若手漫才なんぞ足下にもおよばないささきさんとがちゃこさんの語り口が実に面白いのなんの、blogでは伝わりきらない生の芸?を堪能できただけでなく、ロバートジョンソン論からジャグやウォシュボードの話まで非常にためになりました。
(しかし、みなさん何本ギター持ってまんねん!)
また来年も開催される由、ご都合のつく方は是非とも参加されることをお勧めいたします。
それにしても寒かった・・・。
上の画像はオランウータンのサブちゃんでございます。(ウチの息子と同い年)
下は帰省中の息子のドタマ(刑務所帰りみたいな頭しーないな。この寒い時期に。)3oev0cpb ※回り込みのテキストはここへ入れてください

2005年12月21日 (水)

がんばれO君!

Dobw3i_q あれはいつやったやろ?たしか3年前の今頃のこと、帰り支度をしている所にリトルウォルターのオフザウォールが聞こえてきた。「あ!あかん。呆けてもて幻聴におそわれるようになってもた。」と一瞬あせったが、たしかに聞こえてくる。
「放課後の教室でいったい誰が」とフラフラと見に行った所、そこには一人の生徒が・・「き、君、ブルースハープ吹くんかいな?」「はい。先生もブルース好きですか?」これがO君と知り合う最初やった。その後、O君の授業を受け持つ事になり、たまに、ブルース談義に花を咲かすようになったのですが、そのO君、翌年の夏休み明けからプッツリと登校しなくなってしまいました。「どうしたんやろ?」と心配していた矢先、本人からの電話がかかってきましたな「もしもし、あ、O君か?どないしてんねん。もう2学期とうに始まってるがな、あと卒業まで半年の辛抱やで、休んでたらどんならんがな。今どこや?え?都島?それやったら京橋あたりから環状線に乗ったら2時間目には間に合うで。え?なんやて?台風?アホなこと言うてんと、はよこんかいな。え?飛行機が欠航?・・・・???・・・ミヤコジマってひょっとして沖縄の宮古島の事か?」なんとO君、夏休みに遊びに行った宮古島がすっかり気に入って、そこの定時制高校に転入したいと言うではありませんか。
ま、常識的にはあと半年頑張って卒業してからと考える所でしょうが、そこは若さの特権といいましょうか怖いもの知らずと言いますか、「宮古島で生活したいんや!音楽活動に本腰を入れたいんや!」とO君は周囲の心配をよそに結局宮古島の定時制高校に転校して行きました。(相手高校には自分から前もって話をつけてきたらしい。たいしたもんです。)その後のO君は、宮古島のミュージシャンの下地暁という方のアルバムにも参加し、ライブ活動も元気にしている様です。がんばれO君!

2005年12月19日 (月)

やっと復活

先週の金曜日に風邪を引き体調を崩してしまった上に、土曜日から嫁と娘もダウンしてしまい、看病やら食事作りに追われてblogの更新が出来ませんでした。
やっと一山超えたのでまたボチボチと書かせてもらいますので、よろしゅうお頼申し上げます。

2005年12月13日 (火)

サン・ハウス 1941-1942

Rq477kkd 本日ご紹介するのは、国会図書館のアラン・ロマックスによって1941年とその翌年のフィールド・レコーディングで収録されたサン・ハウスの作品集でございます。ロバート・ジョンソンが既に死亡したと知ったロマックスが代わりにマディーを録音した際、「ウォーキングブルースのオリジナルはサン・ハウスちゅう人ですわ。」と教えてもらったのが切っ掛けとなって「え?誰?サン・ハウス?知らんなー。しかし、これは録音の価値があるにちがいない」と考え、コーモラント湖付近で演奏していたサンハウス達を探索の上で発見、録音に至ったというものでございます。
1941年の録音はロビンソンビルとコーモラント湖とを結ぶ線路沿いのクラックス・ストアという店で行われ(録音に必要な電源を得るため)ており、「シェトランド・ポニー・ブルース」では演奏中に列車が通過する音まで記録されたりして、臨場感がタップリ楽しめたりします。その他にも、ちょっとブラインドジョンソン風の曲あったり、ウイリー・ブラウンのナレーションをバックに フィドリン・ジョー・マーチンと二人で無伴奏で歌ったりと、ドロドロのデルタブルース一本では無い、バラエティーに富んだ内容となっております。ちなみに本アルバムはRootsから出されていた物をアルフーリレコードが再発したものでおます。

2005年12月 9日 (金)

人体の不思議展

Jsglizky
あちゃ!日曜日から更新が止まってしもてる。何か書かねばと思うものの忙しくてそれどころやない。ちゅうことで本日は家にある「人体の不思議展」で購入した本の紹介でもしてお茶を濁す事にします。(ちょっとグロテスクな画像を載せますので、心臓の弱い方や食事前の方はご遠慮下さい。)これを購入したのは、10年ほど前に梅田のスカイビルで開かれた展覧会を見学した時だったと記憶しています。最初は全然見に行くつもりはなく、「ちょっと気持悪いから行くのんやめとこや。」と嫁にも言ったのですが、「子どもが小さいうちに人体の神秘を学習させなあかん。こんなチャンスは滅多にない、ぜひ行くべし!」と強硬に主張しよるので、しかたなく一家で雁首そろえて見学に行ったわけです。しかし、子ども達には刺激が強すぎた模様で、案の定、会場に入るなり「怖い!夜眠れないようになるやん!なんでこんな所へ連れてきたんや!」と子供に責められ、じっくりと観察する事もできませんでした。作り物ならともかく、なんせ入念に加工?された本物の人体がズラーと並んどるわけで、医学生とか生物学などを学ぶ人にとっては有意義かも知れませんが、素人にはかなりハードというかショッキングでしたな。(しかし献体した人も大したものだと思うのは私だけでしょうか?とても死んでから肉体を展示する勇気はありませんわ。 )というわけで、これを買って帰ったわけなのですが、今見てもやっぱり気色悪いですね?Fduzpggi
Sxvad3z8

2005年12月 4日 (日)

アーリーン・ブラウン

N1vjkwzo
本日はB級ブルースレディー,ウーマンリブの闘士アーリーン・ブラウンさんのご紹介です。紹介ちゅうても、唯一発売されたLP持ってないし、シングル盤も1枚しか持ってないので、大した事も書けませんが、この人もなかなか個性的な方やった様です。タクシーの運転手やクラブや食糧雑貨店のオーナー、クリーニング店などして精力的に働く一方、地域のボランティア的活動も積極的にこなすという、シカゴ盤「肝っ玉母さん」みたいな方で、数少ないレコードも全て自分のレーベル立ち上げて発売しプロデュースも全部自分でこなしたらしいです。「ザ・ブルース26号」に中河伸俊氏によるこの人のシカゴのクラブでのショウの様子が載っているのですが、それによると、ストリーカーズというダンサーが出てきて、かなり猥雑というか、ややこしいというか、オッチャン達が鼻の下を伸ばて大喜びするステージがくりひろげられたと言う事で(「わずか2ドルの入場料)、私はなぜか新世界の芝居小屋をイメージしてしまいました。ま、この人の音楽自体はそんなに大向こうを唸らすようなモノでもないし、ブルース研究家の方々が関心を持つ事もないでしょうけど、シカゴの音楽シーンも実は影でこういうセミプロ的な人達によって支えていたのではないでしょうか。ちなみにこのアーリーンさんは、1980年に癌によって亡くなるのですが、死の直前まで「生きているうちに花束持って来てね。」と微笑みを持って自分の運命を受け入れはったそうです。Fyhkktgg

2005年12月 1日 (木)

大阪府立高校の授業料減免制度改悪

大阪府立高校の授業料減免制度が改悪され、来年度からは、実質上、生活保護家庭以外の
生徒は減免措置を受ける事ができなくなった。現在大阪府立高校で減免措置を受けている生徒は全体の3割強を占めており、府当局によると「財政も逼迫している折、府民の税に対する不公平感を払拭する」と言うのがその理由らしい。しかし、高校生に経済的な援助をする事に、ほんまに大阪府民の多くは不公平感を持ってるのやろか? 本人に何の責も無い高校生に赤字財政のツケを払わせてええもんやろか?
この問題を審議した教育委員会議の席上で、またもや教育委員のI女史が「授業料減免の基準がゆるくて中退率が高いのは許せない・・・タダで行かせてるから、親も退学するとき、休んでも何でもないような、だから簡単に退学してしまう。タダですませたら、許されない。」てな問題発言をしたそうな。いったい、この人、減免制度を受けながら必死で頑張る生徒や、中途退学していく子供達や家庭の実態が見えてるんやろか?
教育委員の公選制もそろそろ真剣に論議されなあかんと思います。
しかし、腹が立つわい。