フォトアルバム
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2005年9月

2005年9月29日 (木)

オーティス・クレイ

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mojoさんやlenmacさんの所で既に紹介されているオーティス・クレイですが、両方ともハイ録音の作品でしたので、あえて蛇足ながら初期のワン・ダー・フル時代の作品をご紹介いたします。このアルバムは1978年のあの感動的な日本公演の翌年に、オーティス自らが尽力して倒産したワン・ダー・フルレーベルの元オーナーと交渉して出来上がった作品で、シングル盤の選曲からミキシングまで全て本人が行ってるということです。若干青さが残っている感もありますが、それを補うに余りあるパワーを見せつけてくれてますな。私のお気に入りは、日本でのライブ盤では、ほとんど無伴奏でスローに迫っていたThat`s How It Is。ここではミディアムテンポで豪快に歌ってます。むちゃくちゃかっこよろしおまっせ!
残念ながら、オーティスを生で見た事は無いので、ぜひ又、日本に来ていただきたいと切に望む所でございます。Hz3fdaup

2005年9月26日 (月)

ナイト・ライフ

定時制高校は、3K(競争・管理・垣根)の無い学校と俗に言われており、在籍する生徒も実に様々な生徒がおります。特に年輩の方々は、「あの世からお迎えが来るのが先か、卒業するのが先か」てな冗談を言いながらも例外なく寸暇を惜しんで勉強されます。その真摯な姿は、私のような若僧?が舌先三寸で「学問はかくかくしかじかで大切や。」とか説得力の無い薄っぺらな能書きを垂れた所で到底太刀打ちできない生きた教材ですな。時々、「ちょっと机の上整理整頓せなあきまへんで。」「たまには年休でも取って、一家団欒を心がけなはれ。子供さん微妙な年頃でっしゃろ?会話が大事でっせ。」と暖かい指導を受けたり、「H君ですけどな。卒業できんのちゃうか、ちゅうて悩んでますで。あの子な勉強はあんまりでけんけど、心根の優しい子でっせ。前ワテが入院した事おましたやろ?そそ、体育の授業でアキレス腱切った時。あの時ね、H君わざわざ酒の配達の途中に『おばちゃん頑張りや』ちゅうて授業のノート持って来てくれましたんや。字は、ようけ間違てましたけど。あの時は『私みたいな婆にも心砕いてくれて、ほんまに有り難いことや』思って涙が出ましたで。棺桶に片足つっこんどる私なんかは兎も角、せっかくここまで頑張った子供らのうち一人でも卒業できなんだら、成仏できまへん。」とか言ってプレッシャー?をかけてくれたりもしはります。
夜間中学を題材にした「学校」という映画がありましたが、定時制高校という学びの場は
しんどい事も多いけれど、それ以上の暖かい触れ合いの場でもあるわけです。
かなわない夢かもしれませんが、私も、定年まで「夜の生活」を全うできればと思うわけでございます。                                                 ご静聴ありがとうございました。school

2005年9月23日 (金)

ウディ・ガスリー 2

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帰る巣もない、さすらうおいら。町から町に流れては、その日まかせの仕事をやるが
  心休まるところもないさ。この世にゃ住みかもないからな。
  手に鋤持っても、いつでもバテる。掘った溝は数も知れんが。もらうは雀の涙金。
  干ばつで作物とれないし、銀行屋には追い出され。この世にゃ住みかもないからな。
  鉱山で穴掘り、畑でとうもろこし刈って。生まれたときから働きづくめ。
  いまだに楽になるどころか。この世にゃ住みかもないからな。
  さすらうおいらは見て歩く。広い世間はおかしな所。遊び人は暮らしが豊か、泣くのは
  あくせく働く人達。もうこの世にゃ住みかもないからな。
                                            (I Ain`t Got No Home)
  ウディ・ガスリーの歌は、安逸な生活を送る人間が書斎で考え出したものではなく、ランブラーとして貧しい人達、抑圧された人達と共に生活する場から生まれただけあって、時代を超えて聴く者に強く迫ってきます。
本日の画像は「THIS MACHINE KILLS FASCISTS」とギターに書いて演奏する姿ですが、薄っぺらな政治的プロバガンダ以上の事を語りかけているようですね?

  サニー・テリーと相棒のブラウニー・マギーも一時、ウディと行動を共にしてた時があって、サニー・テリーは、彼についてこんな逸話を語ってました。

「40年代にボルティモアへウディ・ガスリーとある組合のためのコンサートに行ったことがあるんやけど、そのコンサートの後で宴会が開かれましてな、テーブルがずらっと用意されて、料理もどっさり並べられてましたわ。ところが、主催者側は「その黒人の二人には給仕できません」と言いよる。ウディが『ほたら何かい?今晩あんたら皆のために、この二人が演奏したのに、食事は出せんちゅうわけかい?ワシらが一緒に食うことはできんのかい?』と言っても『あきません。黒人に給仕はできません』の一点張りや。そこでウディが何分かしたら外で会おうと言うからワシらは出ていったんやけど、その間にウディは会場をめちゃくちゃにしてもてね、テーブルを全部ひっくりかえして料理も全部台無しや。ウディは『おまえら、全部、自分で払えるやろ?おれらが一緒に食えんのやったら、誰も食えるか!』と言うてね。ほんまにウディは正義漢やったね。」

2005年9月21日 (水)

ウディ・ガスリー

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昔々、高校生の頃ボブ・ディランに傾倒し、朝から晩までディランばっかり聴いていた時期がありました。その時、「ディランに深く影響を与えたアイドル的な存在がウディ・ガスリーなのです。」てな事を聞いた私が早速レコード店を探し回って購入したのが本日のアルバムです。(<フォークソング・コレクターズ・アイテム第4回選定盤>ウディ・ガスリー追悼記念盤1750円。)1940年3月に国会図書館のアラン・ロマックス夫妻によって収録されたドキュメンタリー盤で、ウディの演奏とインタビューが記録されております。
ウディ・ガスリーは、スタインベックの小説「怒りの葡萄」から抜け出してきたような人物で、伝統的な民謡はもちろん、ここでも真骨頂の素朴で真摯な社会的メッセージを発信してはります。
このあたり、社会派を謳い文句にちゃっかりと商売に利用する、後世のエセミュージシャンには是非見習っていただきたい。
と、ココまで書いた所で異様に眠くなってきてもた、また明日か明後日。

2005年9月18日 (日)

ガロ

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明日は敬老の日ということで、本日実家に両親へのプレゼントを持って出向いたのですが、帰り際に母親が「掃除してたら、古くさい漫画本が出てきたで。じゃまになるから持って帰ってんか。いっつもいっつも、ほんまに・・廃品回収に出そか?」と、ぼやきながら持って来たのがこれ!「うわー、とうの昔に処分したと思ってたのに、まだあったんや?」「まだあったんや、や無いがな。お経みたいな訳のわからんレコードもドッサリ残ってるし、家は物置ちゃうで。しまいに全部ほってしまうで!」「ごめんごめん、ちょっとずつ持って帰るよってに今しばらくご猶予を」と言って逃げ帰ってきましたが懐かしい本が出てきたものですわ。若い方は、あまりご存じないと思いますが、(ってここ覗いてくれてはる人に若い人は、ほとんどいてないか?)その昔、ちょっと漫画にはうるさい若者の間で絶大な支持を受けたのがこのガロでございます。赤瀬川原平、ひさうちみちお、川崎ゆきお、永島慎二 ありゃりゃ泉谷しげるまで、書いてたんや。うーん青春の日々が蘇る。(こればっかしや)

2005年9月16日 (金)

卒業生の死

一昨年の3月に送り出した卒業生のSさんが37歳で急死した。
あまりに突然の知らせに、しばらく呆然としてしまった。十代半ばの出産、離婚、子育てに 親の看護、アルコールと薬物との戦い・・・。Sさんは、そうした様々な試練をくぐり抜けて来た事を微塵も感じさせない、とにかくよく喋る明るい生徒やった。                                 「カラオケ行くからちゅうて、掃除当番をNさんに押しつけて帰ってどないすんねん?毎日、 朝早うから仕事行かんならんのにカラオケも程々にしとかなあかんで。体壊したらどないすんねん。」「なんぼ話が好きでも、夜中の2時や3時に皆の家に電話かけまくったらあかんがな。」・・・・  今改めて思い返しても、注意や文句ばかり垂れていた自分が情けなくなる。

「ウチもだいぶ回り道したけど、やっと高卒の資格取れたわ。そのうち同窓会開くから、センセも呼んだるわ。頼んない担任でも招待せんと失礼やし、金を出してもらわんとあかんからね。ウヒャヒャヒャ。」「ははは、それはそれは。しゃべりのオバハンの相手せんならんのは辛いけど、我慢して参加させてもらうわ。ははは。」卒業式の日に、こんな風な軽口をたたき合ったのが最後になってしまった。

2005年9月14日 (水)

ニューヨーク・ワイルド・ギターズ

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先日、山崎さんがワイルド・ジミー・スプルーイルの単独CDを紹介されていましたが、
(しかし、えらいもんが出ましたね?)「たしか、NYなんちゃらというアルバムにジミーさんの曲が収録されてたはずや。」と記憶が蘇り、引っ張り出してきたのが本日のアルバムで御座います。ボビー・ロビンソンがファイアやエンジョイ、フューリーといった独立マイナーレーベルから発売した音源を集めた作品ですが、ジミー・スプルーイルの1曲目の必殺インスト「ハード・グラインド」は勿論のこと、個人的に大好きなターヒル・スリム、さらにはウィルバート・ハリスンまで強力な演奏が楽しめます。ニューヨークと言えば、やはりジャズの本場ということで、ブルースは軽視されがちですが、どっこい、こういった傑作も残されていたのですな。このあたりの音源も、どしどし掘り起こしていただきたいと強く
期待するものでありんす。赤字覚悟でも、どこか日本のレーベル頑張ってや!
ちなみに余談ですが、山崎さんリンク貼っていただいてたのですね?ワイルド・ジミー・スプルーイルのタイトルをポチョッと押してやっと気がつきました。shock(すんまへん)
皆さんもポチョッと押して「ハード・グラインド」一回聴いてください。
強力で個性的なギターにびっくりしますよ。

2005年9月10日 (土)

危ない所やった。

昨日、職場で支給されてからずっと使用していたUSBスティックメモリの具合が急におかしくなってしまった。隣に座ってる、「さんだーばーど」こと、T氏に相談した所「あ、それは接触不良やね。よくあるケースや。ははははは。え?直す方法?それは無いね。」と言うつれない返事。しかし、大切なデータが無くなってしまっては、元も子もないので、悪戦苦闘の末、自力でなんとかデータをハードディスクにコピーすることができました。しかし、左手でメモリスティックを押さえながら、右手で一個一個のファイルをコピーする作業に数時間を費やしてしまいました。なんせ、認識してくれる時間は数秒。その間に手早くコピーするのは至難の業でおました。(何回も、途中で勝手に切断されて「何でこんな目にあわなあかんねん。」と泣きながらの作業でした。)
それにしても、デジタル機器ちゅうのは実に便利な反面、一歩間違うと取り返しのつかないことになってしまうという事を改めて痛感しました。今回、もしデータをパーにしてしもてたら、「遠くに行きます。探さないでください。」てな置き手紙を残して、網走あたりに雲隠れせなあかんとこでした。
大切なデータは、こまめにバックアップをとっておきませうね。sad

2005年9月 8日 (木)

The Best of Ikasas Ikuy "A-ZO"

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いやー、参った参った。昨日届いた「ささきさん」の多声多重録音アルバム。まさか、これほどの内容のある素晴らしい作品とは思いませんでした。憂歌団や「ぼちぼちいこか」の世界が好きでたまらん。という方には是非お勧めでございます。それも、二番煎じでは無く、長い音楽生活に裏打ちされた独特の雰囲気を醸し出すことに成功してはりますな。
この作品、ささきさんが「お買いどくCDでっせ」と自ら紹介されておられるのですが、正直な話、最初は「ほんまかいな?釣り好きのおっちゃんが片手間で作っただけちゃうんかいな?」と思ってました。しかーーし、nobbyさんの所で試聴してビックリ仰天、早速、購入の運びとなった次第でございます。オリジナル+ビートルズナンバー等の40曲が入って、たったの1000円!急げ、はやまさんにメールを!
ちなみに、試聴および購入方法はここを見てくだされ。

2005年9月 5日 (月)

遂に発見?ブルース・コーヒー

Imqt5hdi 以前がちゃこさんが紹介されていた、幻のブルース・コーヒーを遂に発見いたしました。
別に遠方まで発見の旅に出たというわけでもなく、本日、家から150メートル程離れた自動販売機でたまたま見つけた次第でおます。まさか、こんな近場で販売されてたとは、露知らず、ひっそりと販売機の片隅に鎮座まします、こいつの姿を発見したときは感激のあまり、随喜の涙を流してしまいました。しかし、がちゃこさんの所のコーヒーと見比べてみると、かなりデザインが変更されているのがわかりますね?絵柄全体がちっこくなってしまってる上にBIGの部分がやたらデカク強調されてます。(たしかに100円で350グラム入ってるのは、間違いないけど、今回は全然得をした気持ちになれまへん。)それにトランペット吹いてる図柄は、ブラック・コーヒーからの転用のようですね?うーーん、ますます謎が深まってきましたわい。