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2005年8月

2005年8月30日 (火)

フィドリング・ジョン・カーソン

先日、泥水翁こと「ささきさん」が自作の歌を披露されたのですが、残念ながらさわりの部分で終わってしまっておりました。ジョン・カーソン?って誰やろ?と気になってしかたがない。そこで、ネットで検索いたしましたな。「ええと、ジョー・カーソンね、カーソンの綴りはkarsonかな?えい!お、早速トップにあるがな、ありゃ?ゾンビーマジック? なにやら蝶ネクタイしめたオッサンの顔写真が出てきたぞ。なるほど、フィドルで音楽もやるし、奇術も得意な人やったのか『フィドルの奇術師』てわけやね?ゼンジー北京みたいな人やったんか。なるほどなるほど・・・・・・??・・・・・・?????しかし、音楽のことは全然書いてないし、この人ではなさそや。」そこで、再度無い知恵を絞ってトライしましたな。「カーソンの綴りはcarsonちゃうやろか?これでどや?エイ!お、出てきた出てきた「ヒルビリーグループどうのこうの」と書いてある。この人やこの人や。なるほどね・・・・・ん?1950年代から1960年代?えらい時代にずれがあるがな。残念、どうやら、この人でもなさそうやがな」と途方にくれてしまいました。「ささきさん、なんぞまちごてはるのちゃうやろか?難儀な人やなほんまに。」と、もいっぺん、ささきさんのコメントをよーーーく見てみるとジョー・カーソンではなくジョン・カーソンとなってるやおまへんか。さっそくjohn carsonで検索すると出てきましたわな(あたりまえですが)「the king of mountain musisians」これやこれや、やっと発見できたがな。めでたしめでたし。」
それにしても、最近、近くの文字が見えにくくなってきてしもた。100均ショップ行って老眼鏡買ってこなあかんがな・・・ ささきさん、疑ってすんまへん。え?老眼鏡買う前に、ドタマ診てもらえって?そないぼろくそに言わんでも・・・

2005年8月27日 (土)

ロバート・ウィルキンス�

Pxmochp7 「それから、音楽活動を再開されたのは、1964年でしたね?30年近く経った。」「そのとおり。ある日ルイザ・スポッツウッドという英国の女性から『電話帳調べて、かけさせていただいてるのですが、ひょっとして、あなたは、戦前にレコードを吹き込んだあのロバート・ウィルキンスさんでしょうか?』ちゅう電話がかかって来てね 。たしかにワシやが、あのも、このも・・」「ロバートさん、もうそれはよろしおます。」「さよか。ま、そんなわけで、ワシも、ブルース研究家達に再発見されるに至ったわけやね。その時に、ワシントンまで来てアルバムを吹き込んでくれと依頼されたのやけどね、前にも言うた様に『私はもうブルースの世界からは足を洗ってますねん。ゴスペルの録音やったら、考えないこともないけど・・』と返事したったんや。それでピードモントレーベルにゴスペルのアルバムを吹き込んだわけや。その後、又ちょっとした評判になって、ブルース・フェスなんかにも引っ張りだされたりもしたね。もちろんブルースは演らない約束でね。」「しかし、ロバートさん程の実力者を64年まで誰も見つけることが出来なかったというのも妙な話ですね?当時の研究家達も、口を揃えてそんな事言うてますわ。」「そやろ?そやねん。他の連中の場合は苦心惨憺の末再発見されたけど、ワシはずっとメンフィスに住んどったのにな。」「例の英国のロックバンド『ローリング・ストーンズ』による盗作問題が公になったのは、その後すぐでしたね?」「そうそう。昔に録音したThat`s No Way To Get AlongをもとにしてProdigal Sonという、聖書の放蕩息子を題材にした曲を発表したんやけどな、それを、あんた、あの若者達が無断でパクリよってね。訴訟問題にまで発展してしもたな。そんなことがあってね、あー、やっぱり音楽産業の世界は、金と欲と罪の世界や。こんな醜い所とは金輪際、関わりになるまいと決心したってわけや。おかげさまで、その後は80過ぎるまで子供と孫に囲まれて、この世での平穏な生活を送れたね。」「どうも、時間が来たようです。ロバートさん長時間ありがとうございました。」「こちらこそ。皆様によろしく。」                                                                           
なお、本日の画像は、ロバート・ウィルキンスさんが戦前に4回のセッションで残した全作品16曲が収録されているお買い得アルバムです。(Pヴァイン  PCD-2251)

2005年8月25日 (木)

ロバート・ウィルキンスその�

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「そういう事もあって、メンフィスでは一躍人気者になったわけですね?」「そうやね。あの頃は売春宿から一杯飲み屋、ホテル、ハウスパーティー、白人の子供会からダンスパーティー・・・ありとあらゆる場所で演奏して稼ぎまくったで。あ、そやそや。警察署のパーティーなんかでも演ったりしたな。」「え?警察署って、あの警察のですか?」「警察にあのもこのもあるかいな。」「・・・もしもしロバートさん。そのフレーズって『ささきさん』の得意技では?」「あ!ばれた?あの人の所面白いね?ここも、あこも。毎日チェックしてるんやけど。ささきさんがこっちの世界に来はった際には、いっしょにギターでも演奏しよかと楽しみにしてんのや。がちゃこさんにもウォッシュタブ・ベースで参加してもろてね。あ、話が脱線してしもたみたいや。えーと、どこまで話してたっけ?」「警察署で演奏したって所までですわ。難儀なお人やで、まったく。」「そそ、そういう訳で、ポリさんとも面倒を起こすことは全然無かったな。たまに、ワシの顔を知らない白人のポリさんに職務質問されても、一曲弾いてやったら『ええ演奏聴かせてもろておおきに』ちゅうて1ドル握らせてくれたりって事さえもあったくらいやで。あの頃は黒人ちゅうだけで、ささいなことから豚箱送りになるケースが多かったことを考えると、幸運やったと思うな。」「しかし、ある日を境に、すっかりブルースを演らなくなってしまわれたのですな?」「そのとおりや。あれは忘れもせん、ワシが40歳になった1936年の時の話や。信じてもらえるかどうかわからんが、ある日、『いつまで、そんなヤクザな生活する気や?この泥亀!もう、やめなさい!』という神の声が聞こえてね。それで、あ、こんなことしてたら人間がダメになってしまう。神の言うとおりや。明日から音楽は教会の中だけで演る事にしよう!とチャーチ・オブ・ゴッド・イン・クライストの会衆となって、これまでの罪にまみれた生活を悔い改めたわけや。君もブルースのような悪魔の音楽に関心を持つのはやめた方がいいよ。」
「・・・お言葉を返すようですがロバートさん。たとえば著名な黒人神学者のジェームズ・コーンさんなんかは『ブルースと霊歌を西洋哲学の聖俗二元論で論じたのは大きな過ちであって、ブルースの価値を再検討すべきである』てな事も言ってはりますけど・・・」
「だまらっしゃい!!!小賢しい理屈をこねるでない。」「ひぇー。おこられてもた。」
更に続く

2005年8月24日 (水)

ロバート・ウィルキンス その1

Xri6uq3n 「盆も終わった事でもあり、本日は久方ぶりに天国から戦前ブルースの大物、ロバート・ウィルキンスさんをお招きし、お話を伺うことといたします。ロバートさんどうぞ!」「あ、どうもどうも。ロバート・ウィルキンスでおます。って、君ね、ワシはクリスチャンや!盆も墓参りも関係無いのやで。」「あ!そうでした。うっかりしてました。時に、早速ですが、生年月日やら小さい頃の思い出なんぞをお聞かせ願いたいのですが・・・」「よっしゃ、よっしゃ。生まれたのは1896年1月16日。ミシシッピ州はハーナンドーや。以前に君が紹介してたガーフィールド・エイカーズやジョー・キャリコットなんかと同郷やで。ワシは母方からチェロキー・インディアンの血も受け継いでるのや。ワシが小さい時に、父親が密造酒製造のかどで検挙されそうになってやね『これはやばい、ワシは高飛びするよって、みなさん達者でな。ほな、しゃいなら!』と家出してしまう事件があって、父親とはそれっきりになってしもてな。・・・」「あちゃー。それはたいへんですな?」「ところが人生は、わからんもんやね?母親が再婚した相手がティム・オリバーちゅう達者なギタリストやってね、その人にギターの手ほどきを受けて、ギターの腕を磨くことができたわけや。その他にも家にたくさん養父の仲間が遊びに来て影響も受けたな。ラッキーやったで。ほんま。15歳頃になると、近所のパーティーやらダンス、ピクニックなどで演奏して金を稼ぐまでになってね。」「それから近くの都市、テネシー州のメンフィスで活躍されるようになったわけですね?」「そそ。ちっちゃなボードビル一座やミンストレルショーに加わって南部一帯を回ったりもしたな。ファリー・ルイスとかサン・ハウスなんかと出会ったりもしたし・・・メンフィスでは、メンフィス・ミニーにギターの手ほどきもしたったし・・・。ま、あの当時は、ごろごろ上手い人間がいてたな。」「所で、ジム・ジャクソンが1927年にヒットさせたキャンサス・シティー・ブルースですけども、実は、ロバートさんが作ったとか?」「おう!ジムの奴、あいつもハーナンドーの出やけれど、勝手に人の作品をパクリよってからに。ワシの前では、よほどばつが悪かったのかして、小さくなって絶対にこの歌を歌いよらなんだな。」 「なるほど。そして1928年に吹き込みをされたわけですね?」「そうそう。あれはたしか1928年やった。ロニー・マッキントシュちゅうゴスペル歌手が、『今、ビクターレコードが録音機材持ってメンフィスに来とるよって、あんたもいっぺん録音してみてはどや?』ちゅうわけで、ビクターのタレントスカウトのラルフ・ピアに推薦してくれてな、録音が実現したわけや。6曲吹き込んだうちの4曲が発売されてね、そのうちのローリングストーンちゅう曲が評判をとって、ラジオにまで出演するようになってしもうた。」
「なんでも、黒人として一番最初にラジオ番組に登場されたらしいですね?」「そうそう。あの時は、演奏終わった後でジャンジャン電話がかかってきてやね『もういっぺんやってーや」「あらま、素敵な演奏や、もう一回」ちゅうてね。1時間の番組中ずっと同じ曲を延々と演奏したわけや。あの時は、まいったまいった。」続く

なおここで、ちょっとだけこの人の作品が聴けます

2005年8月21日 (日)

また、ライブ行ってきました。

0kn5js7u 昨日、揺れ名人さんがリードギターとして参加されているバンド、「スゥイング・マスターのライブを見に行って来ました。それぞれ達者な方々から編成されたバンドで、ブルースもマジック・サムの「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」、フレディー・キングの「ハヴ・ユウ・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」等も演奏されて(勿論、アレンジはオリジナル)十分に満足いたしました。それに、後半に登場した「Tardy Boys」というバンドも、又凄かったですな。特にドラムの黒人の方は、右手でスティックをバトンのように回しながら叩くという荒技を見せてくれました。(July さんの情報によると、この人、ホイットニー・ヒューストンのバックで叩いていたこともあるらしい。)
なにはともあれ、中身の濃い時間を過ごさせていただきました。揺れ名人さん、有り難うございました。
画像は、ギターを弾きまくる揺れ名人さんでございます。

2005年8月18日 (木)

酒屋のポスター

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普段は利用することのない近所の酒屋で見かけたポスターです。周りは「テレビでお馴染みの○○酒」とか 「吟醸酒といえば○○」とか、ありきたりのポスターばかりやったのですが、最後にこれが目に入り、思わず笑ってしまいました。
なかなか、ユーモアのセンスが伺えますね?しかし、東京なんかでは、この手のキャッチ・コピーうけるのでしょうかね?

2005年8月16日 (火)

ボビー・パウエル

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  以前にも、書いたと思いますが、その昔に音楽評論家の中河伸俊氏が主催する「ソウル・レコードを聴く会」に参加させていただいた事があるのですが、その時にノック・アウトされたのが、本日ご紹介する盲目のピアニスト、ボビー・パウエルさんでございます。
残念ながら、その時聴いたソウル・バラードの曲名は忘れてしまったのですが、Pヴァインからこのアルバムが出された時は、「ほんまかいな?ありがたやありがたや。」と踊り狂って喜びましたな。代表作の「イン・タイム」を始め、「ザ・ベルズ」「アワ・ラヴ」「ユア・チーティング・ハート」等、単なるサザン・ソウルシンガーの枠には収まりきらない個性を発揮してくれます。ただ、残念なことに、この人も80年以降はゴスペルの世界に戻ってしまい、それ以降の消息が耐えてしまいました。
どうでも良いことかも知れませんが、「もうちょっと似合うサングラスなかったんかいな?」と思うのは私だけでしょうかね?

2005年8月15日 (月)

ギターを貰った。

Asdhf2yl 「ところで、ギターいらんか?娘のYちゃんも高校生やし、ぼちぼちギターでも弾こうという気にもなるやろ?」 「お!そやね、そうですね。それでは、遠慮なくもらって行きまっさ。」と言うわけで、弟からギターをせしめて来ました。非常にボディーも小ぶりでネックも細いということで練習用にはよいのかもしれませんが、ちゃんと鳴るのやろかと、ちょい心配です。「大丈夫や、けっこうええ音でるで。それに、材質の木の伐採が禁止になってしもたから、もう、この手のギターは入手困難や。将来、値打ち物になるかもしれんで。へへへへ。」と弟は言ってましたが・・ちなみにヤイリ製のギターでございます。

2005年8月11日 (木)

ミニー・ザ・ムーチャー

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日頃、あまりテレビで放映される映画は見ない私でありますが、たまーーにビックリするような作品に巡りあう時もあり、そんな時は迷わずビデオに録画したりいたします。
本日の作品もそういった作品でして、あのキャブ・キャロウェイさんが、昔の珍らしいフィルムを交えながらかつての仲間達や音楽シーンをを紹介していくというものです。サッチモ、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ファッツ・ウォーラー等のビッグネーム達はもちろんのこと、タップダンサーのビル・ロビンソン達がわんさかと登場いたします。アクロバチックなダンス、ガムを噛みながらドラムを叩くオッサン、女性陣もリナ・ホーンに無茶苦茶色っぽいドロシー・ダンドリッジ ・・・ジャズってこんなに楽しいものやったのか?と目から鱗の作品でございます。ちなみにCMをカットし忘れたのですが、ファミコンソフトのコマーシャルが入っていたりして、不図も90年当時の日本の様子も記録されております。 画像は、ズートスーツに身を固め、踊り倒す若き日のキャブさんでおます。
テレビ画面をそのままデジカメで撮ったので、なんやわからん画像になってもた・・shock

2005年8月 9日 (火)

プリン人形

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一昨日の日曜日、アメリカ村のライブハウスまで、julyさんのバンドk.i.t.を聴きにいってまいりました。なかなかに熱い演奏で、ん十年ぶりにたっぷりとライブの楽しさを堪能させていただきました。julyさん、どうも有り難うございました。前回のオフ会でご一緒させていただいたサイバーさん、あかねはるかさん、もーりーさんも来られており、さらには揺れ名人さんとも初対面をいたしました。やはり、年はとってもたまには、こういう場所に足を運ばなければあきませんね?
というわけで、その日は実家に泊まったのですが、例によってレコードを漁っていると出てきましたで、プリン人形!!40以上の方はご記憶に新しい?と思います。横山プリンとキャッシー司会の「テレビテレビ」(そんな名前やったか?)という番組があったのですが、この人形は、その出演者がもらえる人形です。なんでも、弟がその昔に友人から譲り受けたらしいのですが、(「ぱくぱくコンテストに出たらしい)物珍しさということでアップさせていただきました。
知らない人にとっては「ふーん。」の一言で終わってしまうやろし、それほど価値あるものでもありませんが、このチープな人形、オッチャンの琴線に触れるアイテムではないでしょうか? それにしても横山プリンさん今どうしてるんやろか?