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2005年7月

2005年7月30日 (土)

トミー・マクレナン

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アイツはウィスキー頭の女。いつも飲んだくれてやがる。
ネーチャン、飲むのやめなんだら、きっとドタマ狂てまうで。
と、本日はWhisky Head Woman を唸るトミー・マクレナンさんのご登場。
ナショナルをかき鳴らしながら、野卑で荒っぽく攻撃的に迫ってきます。あのロバート・ジョンソンと同世代の人ですが、ロバートさんがあちこちと放浪した末、様々なスタイルを消化吸収し自分のスタイルを確立したのに対して、このマクレナンさん、グリーンウッド周辺をあまり動かなかったからか、デルタ・ブルース本来のヘビーさを失うことなく相棒のロバート・ペットウェイと共に活躍しておりましたな。
評判を聞きつけたレコード会社の白人レスター・メルローズさん、「危ないからやめときなはれ」というビッグ・ビルの忠告を無視して、のこのこミシシッピまでマクレナンさんを探しに出かけるのですが案の定、「生意気な北部のヤンキーめ、うちの小作人を連れ出す気かい!いてもたる!」とプランターに襲われ、車も金もほっぽりだして命からがら逃げ出したちゅうこともあったらしい。
その後、マクレナンさんもやっとシカゴに出て来るのですが、根っからの田舎者で偏屈な人やったらしく、持ち歌のボトル・アップ・アンド・ゴーを、あるハウス・パーティで歌った時に「兄ちゃん、そのニガーちゅう言葉を何遍も使うの止めんかい!不愉快やで」「どこが悪いねん。ほっとけやボケ、カッコつけんな」てな事で言い争いになり、激昂した客にギターもろともボコボコにされて放り出されるってな事もあったちゅうことです。
それは、ともかくこの人、ブルーバードに40曲(ペットウェイさんは17曲)もの録音をしとるのですが、これだけの数を残せたと言うのは、当時タンパ・レッドやビッグ・ビルによって洗練化・バンド化されたスタイルが全盛だったシカゴでも、それなりに、この手のサウンドにも支持があった証拠と思われます。物の本には「マディーさんが初めてデルタの泥臭いサウンドをシカゴに持ち込んだ功労者だ」てなことが書かれてますが、このトミーさんのように、その先駆けとなった人達の活躍も忘れてはならないと私は浅はかにも考えるわけでおます。
マクレナンさんはココで、ペットウェイさんはココで視聴でけます。
あ、ペットウェイさんのキャットフィシュ・ブルースはマディさんのローリング・ストーンの本歌でして、デルタブルースの神髄の1曲でおます。


YouTube: 'Whiskey Head Woman' TOMMY McCLENNAN (1939) Delta Blues Guitar Legend

2005年7月29日 (金)

暑っつい暑い・・・

Edwx4xxz 夏は暑いのがあたりまえとは言え、ほんまに暑いがな。
うわちゃー、お日いさんもカンカン照りや。あーまぶし。
いつまでこんな外で立ってんならんねん?
ちゅーか、海パンぐらいは穿かせてほしいわ。


と、職場の中庭に建つ彼もぼやいとるがな。

2005年7月27日 (水)

巨星堕つ

吉本新喜劇の黄金時代を確立した大立て者の一人、岡八郎氏が死去された。
「ごろんぼ波止場」 における財津一郎との絡みや「新喜劇」での花紀京との絶妙なやりとり等、全盛期の姿が走馬燈のように蘇って来る。思えばあの頃、吉本新喜劇というのは、当時の関西の少年少女にとっていわば、必履修科目の如きものであり、アホラしくもディープなギャグの教科書であったように思う。そうした中で岡八郎氏(奥目の八ちゃん)の存在は、極めて重要な位置を占めており、ブルース界にたとえるならば、あのミシシッピーデルタブルースの始祖チャーリー・パットン(デルタのパッちゃん)に比肩するものだったとも言えるのではないだろうか。
現在でも新喜劇は続いているが、どうも全体的に小粒な役者ばかりとなってしまった感が否めない。もはやコテコテで破天荒な芸風は廃れてしまったのだろうか?それとも自分が年老いてしまったため、感受性が錆び付いてしまったのであろうか?
  なにはともあれ、青春に豊かな彩りを与えて下さった岡八郎氏。ご冥福をお祈りいたします。

2005年7月26日 (火)

ミッキー・ベイカー

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さてさて、本日は特異なギタリスト、ミッキー・ベイカーさんのご登場。一回聴いたら忘れられない、けったいで、ワイルドなプレイを披露してくれます。ココで視聴してくらはい(特に2,19,13あたり)。このミッキーさんですが、自己名義以外にもミッキー&シルビアとして、あるいはルイ・ジョーダン、エスター・フィリップス、ビッグ・メイベル等のバッキングとして数多くの録音を残しているのですが、なぜか、日本ではあまり人気が無いようで残念で御座います。ギターの教則本なんかも出しているそうで、かなりその筋では有名ということなのに。この人はスコットランド系白人の父親と黒人の母親との間で生まれたのですが、(容貌は父親の影響が色濃いですね?)小さい頃から素行に問題があって、とうとう11才の時に盗みを働いたために、「もうあんたとは親でも子でも無い、とっとと出ていきなはれ!」ちゅうて母親によって孤児院に送られてしまうという大変な経験を持ってはります。しかし、出所後に鬼のような努力を積み重ねて立派な音楽家になるのですから世の中、解らないもんですね? ちなみに本日のアルバムは、1993年に日本のオーディーブック社と言うところからリリースされたもので、視聴していただいた物よりも、タップリとミッキーさんのギターが聴ける作品です。視聴されて気に入った方には「急げレコード店へ」と言いたい所ですが、残念ながら売ってるかどうかは知りません。


YouTube: LOUIS JORDAN caldonia MERCURY 1956

2005年7月25日 (月)

Messin` with the Blues

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かつて、若手評論家(当時)達が発行していた雑誌にメッシン・ウィズ・ザ・ブルースというのがありました。全ページザラ紙で、非常に粗末な作りですが、中身は、各人が言いたい放題という面白い雑誌でありました。vol.9にはご丁寧に収支報告まで載っており135870円という累積赤字が計上されております。(we gonna need your helpと訴えもされてます)今は、書店に行けばこざっぱりしてオシャレナ雑誌が所狭しと並んでおりますが、どうも提灯持ち的な記事ばかりで面白くありません。「こういうアングラ的な雑誌を出してやろう」って 言う奇特な人間はもう絶滅してしまったのでせうかね?

2005年7月23日 (土)

とりあえず・・・

今日も暑い!蒸し蒸しする。
ってことで、デザインだけでも夏用にいたしました。
何の魚か知りませんが(甚平鮫でっしゃろか?)、手釣にて釣り上げる想像でもしてですね、え?「そんなことでけるかい!」って?すんまへん、釣りは皆目知らないもんで・・

2005年7月22日 (金)

ロイ・ミルトン

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あ、暑い・・・夏やから当然と言えば当然ですが、とにかく暑い。体も心も萎えがちになりますが、こんな時こそ活動意欲を鼓舞してくれる音楽が必要ですね?ちゅうわけで、本日は、ジャンプの大物、ロイ・ミルトンさんのご登場でございます。(飲み物や失楽園とは何の関係もありません。ねんのため。)   嫁さんのカミル・ハワードさんを中心とするソリッド・センダーズをバックにドラムを叩きながら歌います。ルイジョーダン・やサンダース・キングなどと一世を風靡し。チャートにも多数のヒット作品を送りこみました。このあたりの音楽はなんべんも言うようですが、ライトニンやサンハウスあたりのドロドロ・ヌメヌメした所はほとんど、ちゅうか全く無くいので、「なにはともあれ楽しく盛り上がりたい」「辛い現実を離れて、パーっとはしゃぎたい」「不良じじいにはなりとうないわい」という向きにはピッタリの音だと思います。最近どうも「紹介するのはええけろ、手に入らなんもんばっかりやんけ!」 というお叱りの声があるようなので(すみません)。視聴できる所を紹介いたしました。え?「こんなん聴いたら、よけ暑苦しなってもたがな。」  しかし、ロイ・ミルトンって背が高いですね?ハリスの風の番長ぐらいありますね?あ、台かなんかに乗ってるだけやろって?しっつれいしました!

2005年7月20日 (水)

職場の丸窓

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あたたた・・・。考え事しながらうつむき加減で歩いてたら、いきなりデコチンに衝撃。「何やつ?白昼堂々と狼藉をはたらく者は!」と顔を上げて見れば、にっくき丸窓。   「大体、こういう窓を設置するのがそもそもの間違いや。これで3回目やがなもー。
いつもは閉まってるのに、今日に限って開いてるとは・・・」とぼやいてみても始まりませんが、職場の建物自体に問題が有ると私は声を大にして言いたい。
何年か前に堺市景観賞を受賞したという話ですが、この円形窓といい、螺旋階段といい、デザインはともかく、機能性には疑問が大いに残ります。「災害でも起きた日には大変な事になってしまいまっせ。」と、本日も又、お茶を濁してしまいましたとさ。

2005年7月18日 (月)

THE COUNTRY GIRLS! 1927-1935

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本日は、戦前のギター伴奏による女性シンガーのオムニバスでございます。メンフィス・ミニーやロジー・メイ・ムーア(チャーリー・マッコイのギターは秀逸!)、ルシール・ボーガンといった有名どころ以外に、ほとんど名前も聞いたことのないネーチャン達の作品も収められております。ジャケットにSee booklet insideと書かれてあるのですが、私が買ったこのアルバムには入っておらず、購入した当初は「どう言うこっちゃねん!」と腹が立ったのですが、逆にそれが幸いして、「あ、このギャハハと後ろで高笑いしてるギタリストはラフィン・チャーリーさんね」「うーーん、このギターは誰かいな?」などと推理を楽しませていただくこともできました。しかしまー、インターネットの世界はえらいもんですな?試しに、名前で検索をかけたら引っかかるわ引っかかるわ、次々と知らなかった事実が明らかになってきました。特にルル・ジャクソンちゅう女性が8曲も録音していたとはビックリ仰天!実は、このアルバムに1曲だけ「ケアレス・ラブ」という大有名曲をこの人が弾き語りで演ってるのですが、これがまー、とんでもない代物。ちょうどギターを始めて2日目ぐらいの女子中学生の演奏レベルですがな。
「ルルさんには悪いが、なして、この様なへたっぴな人が録音出来たのやろ?」謎はますます、深まってしまいました。そこで、私が出した結論は「ルル・ジャクソン=天○真理」説!つまり、かつて、一世を風靡した天○真理が、音楽的才能云々を抜きにしてレコードを出しまくったように、そのかわいさゆえに、劇場やボードビルで絶大な俳優か何かの人気があったルルさんに目をつけたレコード会社が「ギター練習させて、歌手としても今のうちにどんどん売りに出そう!儲けなソンソン」とばかり、目論んだという仮説です。
このルル・ジャクソンに関する情報をお持ちの方や、ルルさんよりギターが下手に弾けるという方がおられましたら、連絡をお待ちしております。

2005年7月16日 (土)

奥崎謙三

ドキュメント「奥崎謙三、文化祭に来る」

   197○年。大阪は南河内にある某府立高校の教室

「バビ、奥崎謙三って知ってる?」「お、山○君。奥崎謙三?・・・あ!古川電工のサッカー選手かいな。」「それは、奥寺や。パチンコで天皇を狙撃したオッチャンやねんけどな。こんど文化祭で生徒会主催の講演会に呼ぼうと計画してんねん。ここだけの話やけど。」「ひぇーー!なんとまー、大胆というか何というか凄い人がいてんねんな?しかし、そら無理やで、学校が許可するとも思えんし、第一、こんな南河内の高校生なんぞ相手にしてくれるかいな。」「やっぱり、そう思うか?ま、ダメもとで依頼だけはしてみるわ。」

  文化祭当日朝

「えらいこっちゃ!バビ。奥崎氏がな・・・」「ん?ああ、前ゆうてた件かいな?そやから無理やと・・」「ちゃうねん、ホンマに来た。来てしもた。『行けたら行くわ』と愛想のない返事やったので、まさか来はるとは・・・どないしょ?」「しるかい!」

文化祭当日昼
  体育教師「君らね、ええかげんにせなあかんで。模擬店の喫茶店で砂糖水売ってどないすんねん?それも100円はないやろ。100円は。えーっ。」「すんません。仕入れたミリンダが売り切れてしもたんですわ。50円に値下げしますわ。」「ドあほ!!」「すんませんでした。お怒りはごもっともですが、ちょっと私、講演会の方行かせてもらいたいので、失礼をば・・」「あかん!担任の先生呼んで来い。ちっとも君等反省しとらん!」「えーん」

ということで、こってり油を絞られた後で、講演会が行われている教室に着いた時は、終了直前で、ほとんど内容を聞くことはできなかったのでした。
故奥崎氏については、その思想や生き方に賛否両論、様々な意見もあろうかとは思いますが、本人を間近に見た印象は強く残っています。