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2005年2月

2005年2月28日 (月)

THE BLUES 1927-1946

Alqx72x3 本日は、戦前物をご紹介しようと思いましたが、あまり関心の無い方々には、もう一つピンとこないというか、ぶっちゃけた話、面白くもなんともないのでは、と思いましたが、敢えてそんな方にもお勧めできる入門編としてピッタリのアルバムを選びました。
たしかトミー・ジョンソンの項でもちょっと触れたと記憶しておりますが、かつて「RCAブルースの古典」という名前でリリースされたLPの再発盤でございます。
これ一枚で、デルタブルースからメンフィスブルース、シティブルースはもとより、ピアノブルースからジャグバンドまで、大体一通りの戦前のブルースの概要が掴めるという優れものでございます。「おいおい、サン・ハウスは、どうした」「ブラインド・レモンやテキサス・アレクサンダーが入ってないぞ」とか言われる方には、お勧め出来ませんが(なんせビクターとブルーバード原盤を収録したもので、契約上不可能なもので)、たまには、生の素朴な音楽を聴いてみたいと言う方々やロバート・ジョンソンがお気に召した方々には、是非一家に一枚、いや二枚組やから二枚備えておいて欲しいものでございます。トミー・ジョンソンの「ビッグ・ロードブルース」に始まってアーサー・ビッグボーイ・クルダップの「ザッツ・オーライト」に終わる全49曲。
実に多くの人がこの歴史的名盤からブルースの底なしの世界へ誘われたと言うことでおます。


てか、まだ売ってるのかはわかりませんが・・・shock

やっと繋がる!

昨日から、インターネットが繋がったり、繋がらなかったりして往生しました。「パスワードまたはユーザー名がちがいます。」てな表示が急に出だしたので、「64eoのアンテナがおかしくなってしまったのやろか?」とか「よもや、ウイルスか?」とか心配になって、システムの復元とか、設定の確認とかに時間を費やしてしまった。理由は不明ですが、今のところは繋がっています。アクセス障害かいな?ということで問い合わせて見ても散々待たされたあげく「広範囲に渡る障害は現在の所ありません」とロボットみたいな声の録音が聞けるだけで埒があかん。
参った、参った

2005年2月26日 (土)

ハウンド・ドック・テイラーその4

4usje3wl ここで登場するのがデルマークレコードの社員だったブルース・イグロアさん。ハウンドドッグの音楽に、すっかり魅せられて、何とかこのおっちゃんを広く世に知らしめようと努力するのですが、上層部は「そんなロートルを録音したところで商売にならん!」とけんもほろろ。そこで「よっしゃ!それやったら自分でこの人を売り出したろ」と私財を抛ってハウンドドッグのレコードを作成することとなります。
しかし、ドッグさんは「それやったらベース弾く人間が必要や」と駄々をこねだします。そこで「いや、いつも通り、ブリュワー・フィリップスのギターとテッド・ハービーのドラムだけで演ってもらいたい。」と必死に説得して、何とかファーストアルバムを完成させましたな。
しかし、問題は販売ルートの開拓です。イグロアさん、1000枚プレスしたうちの700枚をステーションワゴンに積み込んで、あちこちのラジオ局のDJに売り込みにかかります。
当初は、心配もされたのですがDJの中には「日頃からメジャーの売れ筋の曲ばっかり流さなければならない状況にはうんざりしとった所や。面白い!アンタの心意気に惚れたで。俺が責任持って流したる。」という人も多くいたことで、売れ行きも上々となりました。めでたし、めでたし。
(ちなみに、このイグロアさん、この後、独立してアリゲーター・レーベルを立ち上げます。)
それから、ハウンド・ドッグとハウスロッカーズはイェール、トリニティ、ハーバード、マサチューセッツといった名門大学を回り、若者達を熱狂させ完全に世に認められることとなりました。文字の読み書きも全く出来ないオッサンが、シカゴのゲットーとは何の関係もない秀才達を、安物の日本製ギターと潰れかけのシルヴァトーンのアンプで感動させるとは、実に痛快ではありませんか?
75年にハウンド・ドッグさんは天に召されるのですが、生前「いつも『楽しくやろうじゃないか』ってことだけは言うよ。俺が死んだら、みんなは『たいしたプレイは出来なかったけど、確かにあのサウンドはよかったなあ』って言うと思うよ。」と言ってたそうです。

2005年2月24日 (木)

ハウンド・ドッグ・テイラーその3

Tmaposvg さてさて、追われる身となったテイラーさん、木の切り株の陰に隠れて「もし見つかったら撃ちまくったる」とピストルを握りしめておりました。すぐ近くまで追っ手の一人が通りかかったのですが、幸いなことにに気づかれず、何とか、ハウンド・ドッグさんは、砂利道を10�ばかり歩いて友人の家でかくまってもらいましたな。
こうして、ミシシッピーの故郷を後にしたハウンド・ドッグさん、シカゴに出て、そこに落ち着くこととなります。
1940年、ドッグさん24才の頃の話です。
さて、シカゴに出てきたものの当時のブルース界はビッグビルやタンパレッド、サニーボーイ�などのシティーブルースの花盛り「あちゃー 俺みたいな田舎者の出る幕ではないな」と思ったのか、ハウンドドッグさん、音楽の道はあきらめて十七年間の長きに渡って木工職人としての人生を送ります。しかし、40を過ぎた頃「やっぱり、ワシは音楽が好きや。プロになって頑張ろう!」と一念発起、ノミをギターに持ちかえて、シカゴのクラブ「キャディラックベイビー」などで演奏を開始いたします。
長年のブランクもものかは、「なかなかガッツある演奏するオッサンや」ということで評判をよび、しばらくして、ビー・アンド・ベイビーレーベルに「My Baby Coming Home」フィルマレーベルに「Christine」というヒット曲を吹き込んだりもしています。しかしヒット曲といってもシカゴ周辺のみの話で(何せ両レーベルとも零細マイナーレーベルやったので)結局、その後は、長い間、シカゴのゲットー以外では、ほとんど注目もされずに場末のクラブで活動を続けるハウンドドッグさんでありました。
続く

えらいこっちゃ!

昨日のハウンドドッグテーラーの所でリンク貼ったのはよかったが、URLが長くなりすぎてはみ出してしまい、投稿ボタンが消えてしまった。shock このあたりのことは、さっぱりわからん。
たとえば ここを参照 とかいうところをクリックすればリンク先へ飛んで行くようにしたいのですが、どうするのでしょうか?幼稚な質問でしょうが、どなたか教えてたもれ。
このままでは、音楽の投稿ができまへん。

2005年2月23日 (水)

ハウンド・ドッグ・テイラーその2

Zzwyah0d さて、ハウンド・ドッグさん、本名はセオドア・ルーズベルト・テイラーと言いまして(元大統領の名前をちゃっかりと拝借してます)1915年にミシシッピ州はナッチェズの小作人の家に生を受けました。小さいときからブルースに目覚め、最初は酒場のピアノや手製のタバコケースを改良したギターなんかで独学で音楽を楽しんでおったのですが、19才の時に通信販売でシェアーズ・ロウバック製のギターを手に入れてから、本腰を入れて近隣のジューク・ジョイントなんぞで演奏活動を開始します。
そのうち隣のプランテーションで働いていたエルモア・ジェームズと知り合いとなり、音楽面で決定的な影響を受けることとなりましたな。そのエルモアの紹介もあって、ロバート・ジュニア・ロックウッドやサニーボーイⅡなんかとも演奏したこともあったらしい。ただ、この時点では、本人に北部へ移住するという気もなく、故郷でのんびりと生きていくつもりだった様ですが、大変な事件を引き起こした結果、故郷を後にせざるを得ないことになってしまったのです。
ハウンド・ドッグに想いを寄せる白人の人妻がいたそうですが、何とその女性とできてしまったのです。今の感覚からすれば、単なる男女の痴話問題ですが、当時の南部社会ではおよそあり得ないような大事件ですな。(このあたりの人種間の性の問題については、fujinaga氏による1955年におきた「エメット・ティル事件」をご参照ください)
案の定、怒った旦那がライフル持って、ハウンドドッグさんの家にやって来ます。これに対しハウンドドッグさんもピストルで威嚇したため、とりあえずその場は難を逃れましたがこれですむとは思われない。親類一同集まって大騒ぎになります。「えらいことしてもうたな。絶対リンチにあって命失うで、早く逃げなあかん!」「そやけど、証拠が無いで」
「この期におよんで何を言うてんねん」てな話し合いの結果、「それじゃ、みんな達者でな アバヨ」てことになり村を出ることになるのですが、さあ大変、ライフルやショットガンと懐中電灯を手にした50人ばかりの白人の一団が猟犬を先頭にやって来ました。
危うしハウンド・ドッグ!その運命やいかに
続く

2005年2月21日 (月)

ハウンド・ドッグ・テイラー

5m_itfyj 出ました!吠える犬のテイラーさん。この人は、ひたすらボトルネックギターをかき鳴らし、バイタリティー満点の演奏をくりひろげてくれることで有名です。また、そのギターの音色も、mojoさんが以前に書かれていたようにエグイ!!
その上、実に汚らしくお下劣ですな。特にテクニックに優れているとか、独創性に富んでいるとかといった事は全然なく
ただ、ひたすらミットめがけて直球を投げ込んでくるタイプの人です。「なんや、そしたらヘタッピなんや。」と思われるかもしてませんが、あいや待たれい!そこが又、この人の最大の持ち味でして、薄暗くてパワフルなゲットーの雰囲気を届けてくれます。レパートリーは、エルモア・ジェームスの曲が大半ですが、エルモアを思いっきり原始的に蘇らせた感じと思っていただければよいと思います。
決して大物ではないのですが、B級ブルースマンのチャンピオンといった所でしょう。この人の音楽は、繊細さや美しさを求めて音楽を鑑賞される人には不向きでしょうが、落ち込んで動きのとれなくなってしまった時に聴く音楽として最適でしょうね?
というわけで、次回も、この指が六本もある実に個性的なハウンド・ドッグさんのご紹介を続けます。
なお、本日のCDは、最近発売されたライブを中心としたアルバムでおます。

2005年2月19日 (土)

ローラー・コースター

3sonbrbw 本日は久しぶりに、日本人ミュージシャン達のアルバムの御紹介です。1986年に収録されたこのアルバムは、ローラー・コースター(ギター・ボーカルに小出斉とゲストの吾妻光良、ベースに小町正明、ハープ・ボーカルにウィーピングハープ妹尾、ドラムに山崎美樹)によるライブ盤でして、隠れた名盤として知られているものです。
収録曲は、すべてサニーボーイ�、ジョン・ブリム・ジミーロジャース、ロバートジョンソン達の曲ばかりで、オリジナル作品はありませんが、「日本人の演奏も、捨てたものではないぞ」ということを実感させてくれますな。
特に吾妻氏は、最近でこそジャンプやジャイブに走ってしまわれたが、ゲイトマウス・ブラウンばりのギターは、中々に強力です。ライブで目撃したときの「テキサス・フラッド」は、ボーカルともども記憶に残る演奏でした。
日本のブルースバンドって言うと「ブレイク・ダウン」や「ウェストロード・ブルースバンド」なんかも有名でしたが
いずれも、好演ぞろいの作品をリリースしています。
1980年当時は、大阪だけでも、梅田のヴィクスバーグや心斎橋のウージー、日本橋にあった赤蜻蛉、寺田町のグライダーとかブルースが聴ける店が結構あって、ライブなんぞも、ヨーコブルースバンドとか(野毛よーこさんは、今はシカゴでバリバリ活躍してます)、今は亡き、ストーミー鳥山バンドとか、客はいつも数名でしたが熱い演奏が繰り広げられておりました。
今でも、ブルース聴ける店ってあるのやろか?

2005年2月18日 (金)

フィニアス・ニューボーン・ジュニア

Mfc8gnx7 コピットゲームと一緒に、こんなジャズのアルバムが出てきました。「あれ?こんなの買ったかな?今度は弟のでもないし・・」と思案しながら、ライナーノートを読んでるうちに「あ!そや、若い頃にブルースマンのバックでピアノ弾いてはった人やということで買ったんや」ということを思い出しました。(年いってきたら、だんだんと記憶もアヤシクなってくるshock
久しぶりに聴いてみたところ、けっこういける、というか早弾きテクニックの凄さにビックリという所です。これを買った時は、もうちょっと泥臭いR&Bっぽいアルバムだと思って買ったところ、もろジャズやったので、ほとんど聴く事も無く棚の奥にしまいこんだままになってしまったのだと思われます(我ながら、若い頃の狭量さに呆れますわ)
なんでも、この人は精神病のために活動休止状態だったと日本語の解説書に書いてあるのですが、その後の消息は、どうなったのでしょうか?皆目ジャズには暗い私には、この人の音楽性についてのこともよくはわかりませんが、今あらためて聴いてみるとグット来るものがあります。
メンフィスで生まれて、ブルースマンなんかとも結構、繋がりがあったと思うのですが、(裏面のライナーノートには、ちょっとだけ仄めかすようなことも書いてある)中の解説書
には、ブの字も出てきませんわ。ちょっと日本のジャズ批評家も、ワシに劣らず狭量ちゃうやろか?
と、本日は、全く内容の無い御紹介?というかボヤキになってしまいました。
それにしても、誰やったかな・・・この人がバッキングしたブルースマン・・・  あかん、思い出せない・・・

2005年2月16日 (水)

コピットゲーム

90jsrqmc さて、今日は、どんなレコードを紹介しようかな?とレコード棚をガサゴソと探してたら、なにやら変なものが出てきたぞ「あ!コピットゲームや!あらら、名探偵ゲームまで出てきよった。」
テレビゲーム世代の方々には馴染みが無いと思いますが、40代以上の方々は、小さい頃にバンカースとか飛行機ゲームとかの所謂ボードゲームを、近所の友達や家族と一緒に楽しまれた記憶があると思います。
今から思えば、別に複雑なルールがあるわけでもないし、他愛も無いゲームといえばそれまでですが、ゲームそのものよりも、皆が集まってワイワイ・ガヤガヤと騒げるのが面白かったのではないでしょうかね?
今はプレステとかゲームボーイとかゲームと言うにはあまりに高度なものが普及しており、それはそれで又、楽しいのでしょうが、基本的には一人孤独に機械と格闘するようなイメージがあってどうもオッサンの私には馴染めませんね。
老若男女が一つの事で夢中になれる世の中は、もう戻ってこないのでしょうか?と本日はジジイのボヤキになってしまいました。