フォトアルバム
Powered by Six Apart

« 2004年11月 | メイン | 2005年1月 »

2004年12月

2004年12月31日 (金)

Boogie Woogie Pianos

2lpa5kau ウォエー、ゲロゲロ・・と、今からさかのぼる二十○年前の正月。私は、風邪を拗らせ、洗面器を傍らに置きながら嘔吐と戦っていました。その前年に、就職が内定したのはよかったのですが、卒業論文の進捗状況が今ひとつで、とうとう越年せざるを得ない状況に陥ってしまったのです。提出期限は年明けの10日。さすがに、能天気なワシも、お尻に火がついてしまいました。「あかん!このままでは人生棒に振ってしまうがな。」と焦ったものの、どうもはかどらない。
そこで、何か景気づけになる元気な音楽をバックに自分にハッパをかけようと使用したのが、本日のアルバムで御座います。パイントップ・スミスやカウカウ・ダベンポート、さらにはロメオ・ネルソンとか有名所が勢揃いしたブギ・ピアノの傑作ですが、当時のワシはジックリと耳を傾けるどころやなかった。そんなわけで、たまにこのアルバムを引っ張り出して聴く事もあるのですが、どうも、その時のトラウマでしょうか、すぐに針を上げてしまいます。
卒論の方は、なんとか間に合い(というか事務のオッちゃんにゴマすって閉門時間をちょっとまけてもらいました)、ピンチを切り抜けることができました。

2004年12月30日 (木)

ゲイトマウス・ブラウン

Uevowcmy 「いちばんすごいギター合戦っていうと、テキサスのポート・アーサーで1955年にゲイトマウス・ブラウンとBBキングがやったときだね。ゲイトは俺にギターを弾きたいって気を起こさせた人なんだ・・・」とロニー・ブルックスが語るゲイトマウス・ブラウン!戦後ウェストコーストのジャンプ、R&Bの発展に大きく貢献した大物です。ジョニー・ギター・ワトソン等、多くのブルースマンがこの人の演奏に感激して、ギターを弾くようになりました。コーネル・デュプリーなんかもこの人が、若い頃のアイドルだったようで、オーキー・ドーキー・ストンプなんかをリメイクして演っています。スタイル的にはTボーンの影響が濃厚ですが、それをさらに泥臭く、エネルギッシュにした感じですな。
この人の演奏は非常に熱かったことでも知られており、色んな逸話が残されています。「すごくホットな曲で、I`ve been mistreatedって歌をやった時のことだけどね、5ドルやるからそれを演奏してくれってヤツがいたんだ。・・・その曲をやってるときに、ピストルの音が4発聞こえたんだ、みんなそっちへ走っていくと、ピストルもったヤツが、死んだヤツのあばらの骨のところをぽんとけって、出て行ったよ。」(ゲイトさん談)ひぇーーーーーー
ところで、この人は、今年で80歳になるはずですが、まだ現役でバリバリやってます。ギター意外にもフィドルも弾いたりして、「ブルースマンと言わんといてんか!他の音楽も出来るわい!」と、多芸さを主張する人でもございます。
ちなみに、前述のギター合戦は、見事ゲイトさんに軍配が上がったそうでございます。

2004年12月29日 (水)

中島らも

Olwuwlrg 本日、にしぷらさんのエントリー(今年度の総括)として故中島らも氏に対する熱い思い出が書かれていた。http://blog.kansai.com/n_plat/32
にしぷらさん程ではないけれども、私も中島らもという人間の作品や生き様に非常に関心があったとともに、常になんらかの刺激を受けてきたと思う。初めて氏の作品に接したのはたしかプレイガイドジャーナル(プガジャ)という、関西圏を中心としたタウン誌に掲載されていた「かねてつ蒲鉾」のCM作品(漫画)やったと記憶している。その後、朝日新聞に掲載されることとなった「明るい悩み相談室」のあたりから「むむ、この人はただものでは無いな」ということに気づき、その後に発表された様々な作品やTVに登場される飄々とした姿にはいつも楽しませていただきました。
壮絶なアルコールと鬱病との闘いを微塵も感じさせない、エッセイや小説等、氏こそ、カウンターカルチャーの旗手として、今後ますます飛躍されるものと思っていた矢先の事故死・・
中島らもという特異な鬼才を失ってしまった、損失はあまりにも大きい。それと、個人的に残念に思うのは、かつて氏がかかれておったエッセイの中でブラインド・レモン・ジェファーソンとスリーピー・ジョン・エステスというブルースマンを混同されていた文章があったので老婆心ながら、手紙ででもお知らせしようと思いながら果たせなかったってことです。別にそんな些細な事はどうでもよいかも知れませんが・・・

バーベキュー・ボブ

97shw49q 十二弦ギターでもって、ボトルネック奏法による快調でパーカッシブな音色を響かせながら、弾き語る、アトランタはジョージアの戦前イーストコースト・ブルースの大立者、バーベキュー・ボブさんの登場です。
別にこの人がバーベキューが好物やったわけではなく、スタンドでバーベキューの給仕やってた所からつけられたニック・ネームですが、その名前に相応しく?私にとっては、実に美味しくて満腹できるミュージシャンです。
ミシシッピやテキサスのブルースとちがい、イーストコースとのブルースは、そんなに重たさを感じさせず結構聴きやすかったりもするのですが、そんな中でもこの人の作品はピカイチですな。1902年に生まれたボブさんは、兄貴のチャーリー・ヒックスと組んでアトランタで音楽活動をはじめるのですが(聞こえはよいが、「流し」の生活ですわな。)、前述したように、ガソリンスタンドで演奏している所を見出されてレコーディングするようになるわけですな。最初に吹き込んだバーベキューブルースが評判を呼び、飛ぶようにレコードが売れました。(何と一万枚も売れたという)この後、コロンビアレコードは黒人向けのレースレコードのドル箱としてこの人のレコードを相次いで発売することとなります。しかし、大恐慌のあおりを喰って、1931年頃には数百枚しか売れなくなってしまいました。さらにその年には、ボブさん自身29歳の若さで夭折してしまい、そのショックからか兄貴のチャーリーさんまでアル中→殺人→獄中死と転落の人生を歩んでしまいます。この後ジョージアのブルースは、ブラーンド・ウイリー・マクテル等によって受け継がれていくのですが、このボブさんには、もっと長生きして、頑張って欲しかったと思います。(なんか、最近この手の終わり方ばっかりや coldsweats02
あ、それと、12弦ギターで有名なのはレッド・ベリーとジョージアのギタリスト達ぐらいしか思い浮かばないのですが、なぜでしょうか?やっぱりチューニングが大変やからかな?

2004年12月28日 (火)

OV・ライト

Flznknnk 「サザン・ソウル」って聴いてみたいのやが、どんなのがいいやろか?と尋ねられれば、真っ先にお勧めしたいのがこのアルバム!70年代後半、世の中がやれディスコやビスコやと浮かれている頃、軽薄な風潮に鉄槌を下すように発表されたご存知OV・ライトのハイ・レーベルからの作品です。
全曲が素晴らしい出来ですが、特にB面最後のメドレー曲、God Blessed Our Love 〜When A Man Loves A Woman〜That`t How Strong My Love Is の素晴らしさと言ったら・・ 語りと歌が渾然一体となった世界を展開してくれます。さて、このOVさん、当然のことながら、ゴスペル畑出身でして、喰っていくために転身してゴールド・ワックス・レーベルを皮切りに(この時のThat`how strong my love is
も又、感涙もの!)バックビートそしてハイ・レーベルと数々の名作を残してくれました。日本にも来日し、素晴らしい演奏を披露してくれたらしいのですが、残念ながら、私は金欠でいけなんだ苦い思い出があります。ちなみに、目撃した人の話によると、中田ダイマル師匠によく似ておられたそうです。そんな、ことはどうでもええが、「飾り物の音楽には食傷気味や。腰をすえて音楽聴きたい。」と思われる方にはピッタリの作品でしよう。

2004年12月26日 (日)

アルバート・キング

2icpsdqr さて、本日は、聴いてから「アチャー、お金の無駄使いしてもた!とほほ」という、アルバート・キングのアルバムです。
この人は、ロックファンの間では、昔からBB,フレディーの両キングと並んで、3Bキングと高く評価されてきたらしいが、私としては昔から今ひとつピントこなんだ。パロットとかキングとかの時代の作品には、成る程、そこそこよい作品もありますが、基本的にボーカルはもっさりしてるし、ギターのほうも、オーティス・ラッシュと同じ左利きとは言え、もともとがドラム叩いてた人ということもあって、特に優れているとは思えません。このアルバムはスタックスというメジャーなレーベルから出されているのですが、バックに女性コーラスを入れたり、新しい試みをしようとする意欲が見える割には、結果はヨレヨレの最悪な物となってしまっています。死者に鞭打つ気はありませんが、中身は???ですな。
ま、よほどアルバートさんのファンとか、不眠症でお悩みの人意外にはお勧めできません。もし、この「タバコの煙もくもく、アラジンと魔法のランプ」ジャケット見かけられても
近寄らぬが身のためですな。

2004年12月25日 (土)

車内放送

私、通勤に毎日南海電車を利用しているのですが、3ヶ月に一回ぐらいの割合で、特徴のある、車掌さんのアナウンスに出会うことがあります。こてこての大阪弁ながら、どことなく上品な、女性を思わせるようなハイトーンの声でもって、放送がおこなわれるのですが、これが非常に味わい深い!最初聞いたときは、「ぎゃははは」と心の中で笑ってしまったのですが、しばらく聴いているうちに不思議な魅力に引きつけられましたな。それまでは、電車のアナウンスなんて、あまり気にすることもなく過ごしておったのですが、この人のアナウンスに出会って以来、「きょうは聞けるかな?」と変に期待するようになってしまいました。そうなると、他の車掌さんのアナウンスにも、これまで以上に注意するようになりましたな。どこか投やりで「なんか 面白無いことでもあったんかい!もっと真面目に仕事せんかい!」と思わせてくれる方や、時々駅名を飛ばしてしまう方など色々な人がいてるということが発見できました。世の中のほとんどの方は電車の中では本を読んだり、居眠りをしたりすることが普通だと思いますが、たまに車掌さんのアナウンスにジックリと耳を傾けてみるのも面白いかもしれませんよ。

2004年12月24日 (金)

チャーリー・クリスチャン

Srdpozng 本日は、私の守備範囲外のジャズのアルバム。ギターを志す人なら知らない人がないであろう、有名なチャーリー・クリスチャンが1941年にニューヨークはハーレムの「ミントン・プレイハウス」って場所で演奏した歴史的名盤です。(ちなみに私は足跡ペタペタアルバムと呼んでいます)  なんでも、スイングからバップへの橋渡しとなったジャズ史上、実に貴重なものらしい(と、ライナーノートに書いておます。)それまで、ただ単にコードストラムでリズムを刻む程度にしか使用されることのなかった、電気ギターに、無限の可能性を持たせたイノベーターがチャーリーさんです。
そもそも、これを購入したきっかけは、同じくブルース界のイノベーターのTボーンさんと親交があり、互いに影響を与えあったということを聞いたことがきっかけだったのですが、期待に違わず素晴らしい演奏を聴かせてくれます。
(ただし、録音そのものは時代的制約もあって、決して良好とは言い難いですが)。ただ、肝心のチャーリーさんは、翌年に23歳やったか24歳やったか、若くして夭折してしまいます。もっと長生きしてくれていたら、ジャズギターも、もっとちがった方向へも発展してたかもしれませんね?
というか、この変のジャンルはmojoさんに語ってもらうほうが早かったりしてshock

2004年12月23日 (木)

アン・ピーブルズ

Mbho5no3 メンフィスはハイレーベルから、ご存知アン・ピーブルズの登場です。名作I can`t stand the rainを始め、A love vibrationとかUntil you came into my lifeとか婿はんのドン・ブライアントとの共同作品が多く聴けます。この人の作品を聴いたのは、その昔、中河氏が主催されていた、「ソウルを聴く会」やったか、そのような名前の集会?があって、その時のことでした。その集会というのは、心斎橋かどこかの喫茶店を借り切って、中河氏の手製の資料を見ながらレコードを聴くというものでしたが、集まって来る連中は、どこかケッタイな雰囲気を持った方々ばかりで、一人まともな私は、ちょっととまどったものです。え?あんたも、たいがいケッタイやって? ま、それはともかく、このアルバムは、アンさんの魅力をかなりの程度まで、引きだしたものといえましょう。しかし、キャンディー・ステイトンとかバーバラ・ブラウンとか、このあたりの人たちは何でこんなに艶っぽいのやろか?ちなみに、婿はんのドン・ブライアント(元、近鉄バファローズの人とは別人ですが)も、嫁はんの前に霞んでしまったとはいえ、数は少ないがエエ作品残してます。

2004年12月22日 (水)

パラマウント1929−30

Phum18r7 さて、最近ややおふざけが過ぎるようなので、本日はぐっと落ち着いたピアノブルースで行きたいと思います。昔、英国のマグパイレーベルという所から出されていた戦前のピアノブルースを集めたシリーズの第一弾がこれ。世界恐慌後に倒産してしまったパラマウントレーベルの作品集です。
ブルースというとギターばかりに目がいってしまい、ピアノものは軽視されがちですが、実はギターと並んでピアノもブルースの発展に重要な役割を果たしてきました。何といってもギターと比較して音がでかい!多人数が集まる所では有利ですな。ギターによるブギービートもピアノの影響を受けたと考えられています。ただし、弱点として決まった音しか出せません。ギターではチョーキング、ハープではベンディングなどの技で微妙に音を下げたりできるのですが、それができない。そこでブルージーな感覚を出すために色々なテクニックが考案されたり、わざと紙などを突っ込んで調律を細工したりすることもあったそうです。(このあたりは、プロの如月さんにおまかせ)かつて、オーティス・スパンのライナーノートで評論家のK氏が「ピアノは高価な楽器ですから、ギターほど、黒人の間では普及しなかったのです」てな大嘘を書いてましたが、そんなことはなく、田舎の安酒場から、人里離れた森林キャンプ、売春宿までいたる所でピアノが設置されていたというのが本当の所です。
と、このアルバムに話を戻します。チャーリー・スパンドからリトルブラザー・モンゴメリー(傑作のヴィクスバーグブルースが聴けます)、ギターで参加するブラインド・ブレイクまで、強力な布陣が揃っております。中でも昔から私の大大大好きなルイーズ・ジョンソン嬢の1曲が聴けるのが感激物!(4曲しか吹き込んでません)。この女性は、サン・ハウス、ウイリー・ブラウン、チャーリーパットンが集結した1930年の伝説のレコーディングセッションに参加し、その後、歴史の闇に消え去ってしまった人ですが、長い間、研究家の間では、クラレンス・ロフトンという人の伴奏で歌っているのではないか?と想像されていました。しかし、サン・ハウスが再発見されたことで、彼女ひとりで弾き語りをやってることが明らかになったのです。しかし、この時代のブルースピアニストは、かなりヤバイ所を活動場所にしてあちこち放浪するのが常であったためか、ほぼ男性に占められている中で、「いったい、この女性、どんな生活しててんやろ?吹き込み当時は、サン・ハウスの話では20歳ぐらいやったと言うやないか?」とその生涯を突き止めたくなりますね?(ならんか)。実は、私も若かった頃は、「いっぺんミシシッピまで調査しに行って世界中をあっといわしたろやないかい!」てなアホな野心に燃えてたこともありました。
あーーーロマンじゃ。