フォトアルバム

2012年1月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
ブログ powered by TypePad

2012年1月28日 (土)

BACKWOODS BLUES

Cimg1479

「ジャマイカ・ジンジャーを飲んで、とうとうあの世行きか」「いつまでシャッター商店街やねん」という皆様方の御心配?御不満に答えるべく、久方ぶりのブログ復活でございます。
本日は、ドキュメント盤の「バックウッズ・ブルース」。ボーウィーヴィル・ジャクソン、ボビー・グラント、キング・ソロモン・ヒルそしてレイン・ハーディンという個性的な4名の全作品が収められた名盤となっております。(ただし、2002年にジョン・テフテラーによって発見されたキング・ソロモン・ヒルのparamount13125は、当然の事ながら入っておりませんが・・・・)
さてさて、最初の13曲はアラバマ州はバーミンガムの路上歌手ボーウィーヴィル・ジャクソンの作品から始まりますが、この方の作品は、デルタ・スタイル最初期のものとして知られておりますですよ。まだ、未聴の方々には「ユー・キャント・キープ・ノー・ブラウン」というのをどうぞ


YouTube: BO WEAVIL JACKSON - You Can't Keep No Brown

どないだ?この臭さとややこしさ。たまりませんね?同じくユーチューブにアップされてる「聖者が町にやってくる(When The Saints Come Marching Home)なんぞは、聖者がやってくるというよりも、酔っ払いがやってくる、といった方がふさわしい演奏ぶりです。

この方、ポール・オリバーのラーナー・ノートでも、「小銭を稼ぐためにバーミンガムの路上で歌ってる所をパラマウントのセールスマネージャーのハリー・チャールズに見いだされた」てな事が書かれているだけで、正体が漠としております。今後の研究が待たれる所ですな。

ひゅ~ドロドロ

「げげ!いきなり何ですねん?どなたですか、藪から棒に」

「藪から棒も、うまい棒もあるかいな。そのハリー・チャールズやがな。いつワシの出番が来るかと待ってたんやが、いっこもここのblogの更新が無いので痺れを切らして出て来たったわけや。有難いと思いや。いやほんま。」

「あ、さよか。それはどうも。ところでボーウィーヴィル・ジャクソンさんの件ですが・・・」

「いきなり、質問かいな。ま、ええわ。たしかにアンタが言うように、ややこしいオッサンやったで、ジャクソンの奴は。アイツを見つけたのが、たしか1926年の8月やった。翌月にシカゴまで連れて行って当時パラマウントが使ってたマーシュスタジオで録音する事にしたんやけど、これが、ま~一日仕事になっての。」

「本人が緊張してたとか、演奏が上手くいかなかったとかでですか?」

「いいえいな。マイクが怖いちゅうてね。」

「どういう事です?」

「当時はほれ、電気録音が始まって間のない時期や。本人には『マイクを使って電気の力で音を増幅させるだけなので心配いらんよ』と重々説明したんやけどね、『感電したらえらい事やんけ。こんな所で死にとうない』ちゅうてなかなか聞き入れよらん。実際に録音する段になってもズンズンとマイクから離れて行きよってな。しばりつけようとしても暴れよるし・・・。ほんまに往生したで」

「あははは。それはそうと、Paramountに録音した後で、すぐサム・バトラーという変名を使わせてVocalionにもジャクソンさんを録音させてますけど・・・。問題なかったんですかね?」

「あ、その件ね。Paramountには、『ボーウィーヴィル・ジャクソンはカロライナで見つけて来た人間ですが、詳しい事は知らんのですろ。』ちゅうて適当な嘘並べとけば、直接Paramountが本人と接触できんやろし、大丈夫やろと踏んでたんやが・・・。すぐにバレてしもうた。」

「そらそうでしょう。」

「すぐにParamountのアート・サザリーがアラバマまでやって来て『ハリー君。これはどういう事や!シカゴディフェンダー紙にも‘Paramountが独占契約したボーウィーヴィル・ジャクソンちゅうて公告出したところやないか!これは会社への背信行為や!』ちゅうて、えらいお冠や。そこでワシも言い返したったで『ジャクソンはワシが個人的に契約した人間じゃ。別にParamountから十分なスカウト料もろた覚えもないし、どこに録音させようとワシの勝手じゃ!』とね。」

「逆切れして、どないしまんねん。」

「ま、そんなわけで一件落着や。しかし、その後がまた大変やったんやで。」

「といいますと?」

「ジャクソンの嫁から『ウチの亭主、もう一月も経ったのにまだシカゴから帰って来てません。どないなってまんにゃろ?』ちゅうて問い合わせがあってね。もうこっちに帰ってるものと思い込んでたワシも吃驚や。いそいでシカゴのアーサー・ライブリーに電報打って捜索を依頼する事になってしもうたがな。」

「それで無事に保護されましたんか?ジャクソンさん。」

「ま、見つかる事は見つかったんじゃが、なんとジャクソンの奴、路上で厚揚げしてるところを発見されてな。」

「???おっしゃってる事がよくわからんのですが・・。路上でオデンの屋台でも・・」

「誰が食い物の話してんねん!『お、兄ちゃんええ身なりしてるやんけ、ちょっと金かしてくれや、え?いやや?しばき倒すぞ。われ~』の厚揚げや。」

「それも言うならカツアゲでっしゃろ?ボケかましてもろたら、どんならんな。ほんまに」

「その後、ジャクソンの奴列車に押し込まれてアラバマまで送り返されて来たけんじゃ。・・・という事で、次回は『ハリー・チャールズ大いに語る』でございます。お楽しみに。」

「勝手に人のblogを仕切ってどないしまんねん。お宅も難儀な人ですな。」

続く



YouTube: Nappy Head Blues........ Bobby Grant

2011年10月17日 (月)

Jamaica Ginger Jar

Photo

eBayで「ジャマイカ・ジンジャー」の空き瓶が出品されております。
御存じの方も多いとおもいますが、この「ジャマイカ・ジンジャー」なる安物の医療用アルコール、禁酒法の時代に合法的な酒の代用品として使用されたがために、3万人とも5万人ともいわれる多くの犠牲者を出した事で有名な物でございます。(法を逃れるために加えられたリン酸トリクレジルという物質によって脊髄や末梢神経が侵され、最悪の場合一生歩行困難な状態になってしもうたんやと。【Jake Leg】)

「それがどないしたんや?ジャグとして使えそうにもないやんけ」という声も聞こえてきますが、あいや待たれい!実は、このジャマイカ・ジンジャーによる被害とその原因が判明したのが1930年の2月27日でございまして、この日付が、トミー・ジョンソン、イシュマン・ブレーシーのパラマウント・セッションがいつ行われたかという問題を解決する決め手となっておるのであります。

従来は、イシュマン・ブレーシーの「ウィスコンシン州のグラフトンで録音した時、ちょうどブラインド・レモンさんも来てはりましたで。」という証言を基にして『それやったら1929年の12月以前の話やな。なんせレモンさんが雪のシカゴで亡くなったのがその年の12月やさかいに』と、デヴィッド・エヴァンズなんかは1929年の11月頃と考えていたようですが、このセッション時に録音されたトミー・ジョンソンのAlcohol and Jake Blues



YouTube: 'Alcohol And Jake Blues' TOMMY JOHNSON, Delta Blues Legend

やら、イシュマン・ブレーシーの Jake Liquor Blues


YouTube: 'Jake Liquor Blues' ISHMAN BRACEY (1929) Delta Blues Guitar Legend

は、この悲惨な事件を題材にしており、トミー・ジョンソン、イシュマン・ブレーシーのパラマウントセッションは、おそらく1930年の春頃であろうと言う説が現在では有力となっております。(イシュマン・ブレーシーも別のインタヴューでは、ブラインド・レモンではなく、ブラインド・ブレイクが来ていたと言ってたらしい。これなら辻褄があいますね?)

まそれはともかくとして、最近ではトミー・ジョンソンが愛飲(?)してたという台所燃料の「Sterno」(キャンド・ヒート)も出品されてたりと、当面eBayからは目が離せませんね?(濾過して砂糖をチョッピリ加えると、結構いけるらしい。勇気のある人は、挑戦してみよう!)

Photo

 

2011年10月 3日 (月)

2012年ブルース・カレンダー

Cimg1459

今年も残すところ3カ月を切り、来年のブルース・カレンダーを御紹介する季節とあいなりました。ジョン・テフテラー氏による、このカレンダーのセールス・ポイントは、なんといってもオマケCDに収められているウルトラ・レアなボーナストラックにあるのですが、今回は従来までとは、ちょっと毛色のちがった戦後物の3作品が登場しております。「ぼちぼちネタも切れたためか?」と思われるかも知れませんが、ところがどっこい!その3作品は、あっ!と驚くレイン・ハーディンの一曲(ハーディン・レイン名で録音。B面は別人の作品)とブラインド・ジョー・タガートの2曲(ボロボロのアセテート盤で修復するのに難儀したらしいですが)。

PhotoPhoto_2

いや~。まだまだ人知れず埋もれたままのレコードがあるもんですね?

他にもHarum Scarum(ハーラム・スカラム?ビッグ・ビルブルンジー+ジョージア・トムドーシー+モーゼル・アンダーソン、paramount13104)や「ロバート・ジョンソンも絶対に聴き狂ったはずや!」とテフテラー氏が推測するテディー・ダービーを始め、チャーリー・パットン、ブラインド・ブレイク、ブラインド・レモン、チャーリー・スパンドなどお馴染みの面々のレアな作品が収められておりますですよ。

お金に余裕のある方は是非、ご購入あれ!

ちなみに、12月のアート・ワークには、ブラインド・ジョー・タガートの従兄(現在91歳やと)から提供されたという、彼の写真も使われております。近々、これを手に入れた独逸人リサーチャーのAlex van der Tuuk氏による、タガートについての研究結果も発表されるということらしい。

Cimg1460

これまで知られていたたった2曲のレイン・ハーディンの作品をおたのしみあれ。(アップしてはる人は、キング・ソロモン・ヒルと間違ってはりますが・・・。気づいているなら早く訂正してほしいもんです。プンプン)


YouTube: King Solomon Hill - Hard Time Blues


YouTube: KING SOLOMON HILL - California Desert Blues

2011年9月24日 (土)

臨時ニュース

なんとなんと!あのブラインド・ブレイクの死亡証明書と
お墓が発見されたそうですぞ!

http://www.sociofocus.com/2011/09/23/arthur-blind-blakes-death-certificate-finally-found/

ダン・ピケット

Cimg1458

本日は、一部のコアなブルース愛好家に絶大な人気を誇るダン・ピケットさんのアルバムのご紹介。1949年にGothamレーベルに吹き込んだ14曲の作品が収められております。(そのうちの10曲は5枚のSPとして発売〈推定各500枚程度のプレスやて〉され、残りの4曲はお蔵入り物)どの作品も、原曲はどれも他人のものから借りておるのですが、自分のスタイルとして完全に消化してはる所は実に素晴らしい!
かつては、この人の正体をめぐって研究家の間では、「テキサス出身の人ちゃうけ?」「いやいやカロライナあたりの人でまちがいない」「アラバマ産じゃ」と喧々諤々の議論もあったようですが、様々なリサーチを経て唯一残されている写真の発見など、おぼろげながらもその姿が明らかになってきたようでございます。

Danpickettsm

ダンピ・ケット、本名はJames Founty。1907年の8月31日に生を受けて1967年8月16日にお亡くなりになったそうな。生前は、ラフで不安定な当時のブルース・マン達に典型的な生活を送られたようで、調査の結果、実の娘や親類の人たちが見つかったにもかかわらず、具体的な生活の全体像は漠としたままらしい。
娘さんでさえ「お父ちゃんと別れたのは1955年。私が8歳の時やった。おかあちゃんと私の乗ったバスの窓にへばりついて『行かんといてくれ』と涙を浮かべてはった姿を見たのが最後やった。まだ生きてはるのやら、亡くなってはるのやら(涙)・・・」というぐらいですからね。実に身につまされる悲しい話やおまへんか。え?幸せな生活を送ってる自分には関係ない?あ、さよか。

ま、それはともかく、他に判明した事実としては、この方、ハーモニカも得意だったらしく、フロリダのラジオ局でバンブル・ビーという芸名で活躍してた事もあったんやと。それと、亡くなる前の何年かはアラバマの白人富豪の下で世話になり、葬儀にも多くの多くの白人が参列したんやと。

ダン・ピケットが1回こっきりのセッションで残した珠玉の作品が集められたこのLP。見かけたら即、購入いたしましょう。(CDも出てるのか?)


YouTube: Dan Pickett Ride To A Funeral In A V-8



YouTube: 99and1/2 ~ Song by Dan Pickett ~ Angels by Howard Finster

 

2011年9月17日 (土)

ライトニン・ホプキンスのゴールド・スター盤

Cimg1456

もう半年前の話ではございますが、ライトニン・ホプキンスのゴールド・スター盤SP(652、A面はMad With You、B面がAirplane Blues)を入手いたしました。
戦前のレア物ではありませんが、なにせ泣く子も黙るライトニンの作品とあって、かなり高額のブツと思われる方もおられるかも知れませんが、嬉しい事にリンクを貼らせていただいてる、本邦有数のSPコレクターの木下氏から極めてりーぞなぶるな価格で購入した一枚でございます。もう半世紀前の作品ではございますが、保存状態も良好、音の方もE、どんなに厳しく見てもVG+といった所でせうか。
これからも精進して、貴重なSPをコレクトしていきたいと、ま~、こない思っております。

ところでライトニンといえば、その昔
日本のPヴァインからも発売されていた名作「The Blues according to Lightnin'」がユーチューブにアップされております。
まだご覧になった事の無い方はお早めにどうぞ。
(削除される可能性大)


YouTube: Lightning Hopkins-The Blues according to Lightnin'(part1).MPG

パート2もありまっせ。やっぱりライトニンは最高ですね。泣き倒すビリー・バイザーというハープ吹きのオッサンもなかなかのものでっせ。

2011年9月10日 (土)

WEENIEOLOGY

Cimg1455

以前に何度かご紹介させていただいた戦前ブルース中心のサイト「WEENIE  JUKE」から「寄付ありがとさん。おおきに。お礼を送らせてもらいまっさ。」とCDが届きました。「日頃から無料で聴き放題、リクエストのやり放題では気ずつない。せめて何がしかの協力をせねば」と45ドル程を送金させていただいたのですが、え?なんです?『最初からCD目当てやったんとちゃうんけ』ですと?
う~む。それを言われると辛い。

ま、それはそれとして、このCDですが、フィル・ホーキンスという方のSPコレクションを基に作られておるそうで、なかなか聴きごたえのある中味となってまふ。

必殺ワンマン・バンド・スタイルでお馴染みのジョー・ヒル・ルイスのコレとか、スヌーキー・プライヤーとエディー・テイラーをバックに頑張るウイリー・ニックスのコレとか、謎のオーティス・ハリスとか、ハワイアンのキング・ナワイまで収録されているこれらのCD。「僕も欲しいな。」「私も聴きたいわ。」と思われる方は、奮って寄付をいたしませう。

ただし、20ドル以下ではステッカーだけしか送ってくれませんので注意が必要です。20ドルから39ドルを寄付する人は、戦前物のCD2枚もしくは戦後物CD2枚のうちの好きな方が、大枚40ドル以上の人は、4枚全部とステッカーがもらえます。


2011年9月 3日 (土)

チャーリー・ジャクソン

Photo

糞暑い夏もボチボチ終焉に向かいつつあるという事で、久方ぶりのblogの更新でございます。(え?もうポックリとあの世へ行ったと思ってた?あそ。)

そこで、本日はParamount社の看板スターの一人であった「パパチャーリー・ジャクソさんについてご紹介いたしませう。ブルースの歴史を辿れば、この人のレコードが予想外に黒人大衆に受け入れられた事がきっかけとなり、後のブラインド・レモン・ジェファーソンやブラインド・ブレイク達の大ヒットが生まれ、男性の弾き語りによるブルースが全盛を迎えるというわけであります。そういう意味からとても重要な位置を占める方なのではありますが(この人が路上で歌っていた所をスカウトしてきたメイヨー・ウィリアムスさんも偉い!)、なぜか本邦では、いや世界的に見ても、もひとつ人気がありません。「なぜだろう?」と私なりにその原因を考えたのが、チャーリーさんが主に使用している楽器がギターではなく、 Gibson GB-4 というギター・バンジョーだからでは?という所でございます。(バンジョーとどこがちがうねん?とは聞かないでね。よく知りません。)「シェイク・ザット・シング」や「ソルティー・ドッグ」などのアップ・テンポなダンス・ナンバーはともかく、多彩でデリケートな表現がこの楽器では難しいのかと思うのであります。

ま、それはともかく、この方、マ・レイニーやルシール・ボーガンなどのバッキングを務めたりもして結構な数の録音も残してるのですが、その正体については例によってよくわかっておりません。パラマウント社が1927年に発行した40ページのブックレットの中で写真入りで簡単に紹介されているはなはだ漠とした情報(上の画像)だけで現在にいたるまで、「おそらくニューオリーンズ生まれで、メンフィスあたりでも生活した事があるのではないか」という推測ぐらいが関の山状態でございます。

ただ断片的に「全くの文盲だったために、新曲を吹き込む時は、横に座った人間に耳元で歌詞を囁いてもらった」とか1930年代の終わり頃にシカゴ・リバーに身を投げてお亡くなりになった」とかいう噂話が残されてるんやと。

Paramount_1

↑やっと手に入れた有名人?のparamount盤。


YouTube: Papa Charlie Jackson - I'm Alabama Bound

これも行っとこか!


YouTube: Papa Charlie Jackson and Blind Blake Part 1 (Blind Blake, October 1929) [Remastered]


 

2011年5月 4日 (水)

エシー・ホウィットマン

Cimg1443

先月、どっちゃりこんと届いたSPの中から、本日は、ブラック・スワン・レーベルより発表されたエシー・ホウィットマン嬢の作品(1922年録音)のご紹介でございます。
「エシー・ホウィットマンて誰やねん?」「聞いた事も無い名前やんけ。」と言うお声も多いと思いますが、実は私も全然知らない方でございました。しかしそれでは、実も蓋も無いので、あっちゃこっちゃ苦労して調べた結果、以下の事が判明いたしましたので、ここにご報告させていただきます。(そない大そうに言うほどでもないですが・・・)このエシーさん、生まれは1882年でございまして、THE  WHITMAN  SISTERSという4人姉妹からなるボードビル一座の一員として1920年代を中心に活躍されたという事らしい。歌あり、踊りあり、お笑いありという娯楽の詰合わせのような当時の舞台が目に浮かんできそうですね?エシーさんは、姉妹の中でも一番のシャウターとして知られ、舞台衣装のデザイン・製作にも携わっておったそうな。しかしトーキー映画の発展や大恐慌のあおりを受けてか1930年代にはすでに女性説教師となって引退してしまったそうでございます。

The_whitman_sisters2

↑フィラデルフィアのダンバー劇場でのザ・ホウィットマン・シスターズ。髪の毛をブロンドに染めて白人向けボードビル劇場なんかでも公演したというから吃驚!

肝心のレコードの中身ですが、時代的にもいわゆるクラシック・ブルース(もちろん電気録音ならぬ機械録音)ではございますがなんちゅ~てもVG+のブラック・スワン!「けっこう珍しいもんが1コインで手に入るとは、嬉しかるかる。」と喜んでおります。視聴を希望される方はココ でお聴きあそばせ。

Photo

↑ホウィットマン・シスターズ。いっちゃん右がエシーさんやて。う~~む。

てなわけで、本日のオマケはベシー・スミスさんのダウン・ハーティッドブルースでどや?


YouTube: Bessie Smith (Down Hearted Blues, 1923) Jazz Legend

Cimg1444

2011年4月 9日 (土)

久方ぶりの更新

東北地方の大地震以降、ブログを更新する気力も萎えておりましたが
「いつまでもこれではいかん!」と再開することといたしました。
嫁の実家は、福島県の郡山市ということもあり、幸いにも地震と津波の被害からは免れたのですが、その後の原発からの放射能漏れのニュースに我が家でも連日連夜釘付けとなっている状態でございます。「専業農家の今後はどないなんねん?生活できんようになってしまうんやろか?」「作付け制限はいつ解除されんねん?」と心配でたまりません。日本経済の今後の動向も気にはなりますが、今一番必要な事は、最も弱い子ども達の生活をなんとか守って行くことではないかと思い、奈良県の被災児童・生徒のホームステイ受け入れボランティアに応募いたしました。
幸い我が家では2人の子どもも独立したし、決して豊かとは言えないまでも小学生一人ぐらいなら面倒を見れますので、(ま、それなりの責任が生じることは覚悟の上ですが)よろしくお願いいたします。


YouTube: Blind Willie Johnson * Let Your Light Shine On Me *